夢の続きをくれたのは、あなただけだったよ

 いつかきっと、白馬に乗った王子さまが迎えに来てくれる。
 そう信じてた。
 でも実際は、親に婚約者を決められて、お見合いして、すぐに結婚。
 親に全て決められる。
 婚約者に抱く気持ちは恋なのか、それともただの、情なのか。

 夢で描いた理想は、理想のまま終わってしまった。
 そう思ってた。

 でもあなたが、迎えに来てくれた。

 家族で湖に視察に行ったとき、魔が差した。
 ここから逃げ出したくなった。
 決められた婚約者なんて、恋を知らないままなんて、嫌だった。

 お父さまと、お母さまと、お兄さまを置いて、森へ入った。
 歩きにくい森の中、知らない土地。
 歩きまわっているうちに、迷子になってしまった。
 気がついたら、どこから来たのかわからなくなって、汚れたドレスのまま座り込んだ。
 不安で涙が出そうになってきた。
 うつむいていると、上から綺麗な声が降ってきた。

「何をしている?」

 見上げると、白馬に乗った王子さまが、私を見下ろしていた。

「ここは、うちの私有地だ。答えろ」

 総詰問する様子は怖くて、でも王子様なんだからきっと優しいに違いない。なんて思った。

「父から、家から、逃げ出したくなって、逃げてしまったんです」
「それで、迷子になったと」

 こんな年になって迷子になってしまったことに、今更ながら恥ずかしくなって、うつむいて、こくりと頷いた。
 それを見たあなたは、はあ、とため息をついた。

「嘘か本当かは疑わしいところだが、そんなドレスを着ているのなら本当なのだろう。とにかくうちへ来い」

 王子様の家に招かれているらしい。
 私は舞い上がってしまって、あなたの顔を見て、惚けてしまった。

「面倒なやつだ」

 そう言って、あなたは私を馬上へ引き上げた。二人で馬に乗って、あなたの家に行った。

***

 あなたの家の応接間らしきところに通され、ソファに座り、侍女にお茶を出された。向かい側に座ったあなたは言った。

「で、お前は誰だ」

 そういえば、まだ名前も名乗っていない。

「エスペランサ伯爵の子、ユリア・ヴィ・エスペランサと申します」
「俺はラグナ。ラグナ・フォン・リュステンベルク。公爵だ」

 白馬で現れたことから、身分の高い方だとは思っていたけれど、まさか公爵様だなんて。
 私はソファから降りて、床にひれ伏した。

「申し訳ございませんっ。まさか公爵様だとは露ほども思わず、無礼な態度を……」
「構わん。楽にしろ。……というかエスペランサ伯爵の令嬢か。大事にされていると聞いていたが……、そんなに此度の婚約が嫌か」

 問われて、名ばかりの婚約者様の顔を思い浮かべる。

「もちろんです。お相手のリュスティール侯爵様は、20も年が上なのです。その上……」
「……ああ、リュスティール侯爵か。あれは……なんというか、ふくよかだな」

 あの方は、ハゲでデブでチビなのです。ええ、ハゲでデブでチビ。前妻に先立たれたらしく、後妻を探しているそうで、私に白羽の矢が立ったのですが、イヤでイヤで仕方がありません。妻として愛せなど……、無理に決まっています。

「そんなに嫌ならば仕方がない。俺が攫ってやろうか? エスペランサ伯爵ならば釣り合いも取れる。領地もとなりだし、ちょうどいいだろう」

 まさかの申し出に、驚いた。

「そんな、そんな……。いえ、社交辞令だとはわかっております。公爵様には、もっとふさわしい方がいらっしゃるはずなのですから」

 それを聞いた公爵様は、苦虫を噛み潰したような顔になった。

「どうしてそう思う? 俺が、お前がいいと言ったんだが?」
「私など、しがない伯爵の娘でございます……。公爵様に釣り合うものなどなにも」
「俺が、お前がいい、と言っているんだ。さっき会ったばかりだが、ユリア。お前が好きだ」

 突然の告白に、頭が沸騰しそうになる。
 もしかしたら、いえ、やはりこの方が、私が夢見た王子さまなのだろう。

「ほんとうに、私などでよろしいのでしょうか……」
「お前がいいんだ、ユリア。それとも、お前は俺が嫌いか?」
「嫌いだなんてそんなわけありません。公爵様のこと、一目見た時から、お慕いしております」

 公爵様は、本当に私の王子さまだったんだ。
 ずっと夢見て憧れた、王子さまだった。

***

 それから公爵様は、私の父のもとに私を届けに行って、私との婚約を約束した。
 父と母と兄は、私のことを心配して、ずっと探してくれていたらしい。無事に帰ってきて、身分が上の公爵様と婚約することになって喜んでいたが、それは見なかったことにした。見たら不快になりそうだった。

 私と公爵様は、無事結婚して、息子と娘と幸せに暮らした。

 昔からずっと見ていた夢の続きをくれたのは、あなただけでした。

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