第一章 ―― 18

「ルナレイアお願い、二日酔い治して」

 お願い、と両手を合わせてルナレイアを見上げるユスティ。王宮に戻ったことをユスティに告げようと思い、部屋に行ったらこうだ。

「嫌です」

 にべもなくルナレイアは断った。再度このようなことが起きないように、二日酔いは治さない予定なのだ。

「そんなこと言わずに。僕、今日ラナリーと僕の家族を呼んだんだ。残念ながらシドの家族は王都にいなくて呼べなかったんだけど、長期の遠征になるだろうから、挨拶だけしときたくて……。だめかな?」

 小首を傾げながらルナレイアに問いかけた。

「いい年した男の人がそんなことしてもかわいくありません。だめです」

 少し悩んだが、それでも罰は罰だ。二日酔いに悩むといい。だが、レイが前に出てしまった。

「わたしがなおす。聖女なのだから、わたしにもできるはず」

 いままで教会にいたレイには、二日酔いを治すなどということはできなかった。いや、させられなかった。聖女にそんなことをさせる人間など、なかなかいないのだ。

「レイ、だめ。あっ……」

 ルナレイアは止めようとしたが、やはり聖女であるレイは覚えが速い。見本を見なくても、二日酔いを治す程度のことはできてしまった。ルナレイアはため息をついた。

「ダメだと言ったのに」
「ありがとう、レイ」
「ユスティおにーちゃん、つらそうだったから」

 苦笑するルナレイア。教えなければよかった、とも思う。

「まあいいわ。家族の方はもう来ているの?」
「うん、近くの応接室にいるよ」
「それなら早く行きましょう。待たせてしまっては悪いわ」

 ルナレイア、ラナリー、レイ、ユスティは応接室へ向かった。



 応接室へ入ると、ラナリーとユスティの家族だと思われる人たちが待っていた。

「久しぶり」
「久しぶりね、父さん、母さん」

 ユスティに近寄る三人と、ラナリーに近寄る二人。

「また遠征に行くの?」
「うん、その前に紹介させて欲しいんだ。仲間のこと」

 ユスティがルナレイアとレイを手のひらで示すと、やっと気づいたかのように見る五人。

「明日から僕と旅に出る聖女のルナレイアと、聖女のレイだよ。こっちは僕の母のリヒティと父のアルスト、それから妹のアルシェリカ」
「はじめまして、ルナレイアさん、レイさん」
「はじめまして。よろしくお願いします」
「はじめまして」

 あ、あたしも、とあとに続くラナリー。

「こっちが母のエルシー、父のベル」

 会釈をされたので、返すルナレイアとレイ。

「じゃあ、わたくしたちはこのへんで。皆様で楽しんでくださいな」

 ルナレイアはお辞儀をして部屋を出ようとした。家族の団欒を邪魔してはいけないと思ったのだ。それに、家族というものを見ていても寂しくなるだけだ。

「まあ、もっと喋らない?」
「……申し訳ないのですが、少しお腹が痛くなってしまって。レイも一緒に来なさい」
「そう、残念だわ。また今度お話しましょう」

 ラナリーやユスティ、その家族たちは残念そうにするが、昔からどうしても無理なのだ。……仲の良さそうな家族を見るのは。

「では、また」

 ルナレイアとレイは、応接室から出た。

「どうして?」

 レイにはわからなかったようだ。

「家族を見るのは、つらいことなの。わたくしのお父様とお母様とは、なかなかお会いできなかった。妹と弟が生まれからは、お二人ともお会いしに来てくださることもなかった」
「そう。わたしもそう思うかもしれない。お父さんとお母さんは、もう、死んじゃったから」

 ふたり揃ってしんみりしてしまった。

「レイはなにかしたいこと、ある? 今ならなんでもできるわ」
「じゃあ、光魔法の練習をしたい。まだ何も教えてもらってないから」
「なら騎士団にでも行きましょうか。軽傷の人ならきっとたくさんいるわ」

 ルナレイアとレイは手をつないで、騎士団に行くことにした。

「場所、わかるの?」
「大丈夫、一度しか行ったことはないけど、わかるわ。たぶん」



 迷うことなく、無事騎士団についた二人は、団長室に向かった。

「こんにちは」

 団長室の扉をノックし、中に入った。中にはレイド団長が一人でいた。

「よう。一日ぶりだな。そっちのちっこいのははじめまして、か?」
「はじめまして、聖女のレイです」
「騎士団長のレイドだ」

 ぺこり、とお辞儀をするレイ。団長は席から立ち上がり、レイの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ぐわんぐわんする」
「おおすまん。つい、な。で、どうしたんだ?」
「光魔法の練習をしたいそうなので、連れてきました。軽傷のけが人さんはいますか?」

 団長は考え込んだ。確か、救護室に何人かいたはずだ。

「この真下の部屋が救護室だ。そこに何人か転がってるだろう」
「ありがとうございます。行かせていただきます」

 ルナレイアたちはお辞儀をして、救護室に向かった。



 救護室についたルナレイアたちは、ノックをして入った。なかにいたのは、金髪の男の人だった。

「はじめまして。聖女のルナレイアと申します。隣は同じく聖女のレイ。光魔法の練習をしたいのですが、どなたか付き合ってくれそうな方はいらっしゃいますか?」
「はじめまして、救護員のリヒトといいます。そこのベッドに何人か寝転んでいます。是非練習台にしてやってください」
「ありがとうございます。では遠慮なく」

 ルナレイアとレイはベッドの隣に移動した。

「で、どうするの?」
「とりあえず、見ていて欲しい」

 レイは光魔法を使い、治す。

「彼のものを癒したまえ。ヒール。――どう?」
「うーん、魔力効率が悪いわ。そこはこうしてこう。あとここもこう」
「なるほど」

 もうひとりのけが人にまた光魔法を使う。

「彼のものを癒したまえ。ヒール」
「だいぶよくなったわ。次はヒーリング・サークル、やってみる?」
「やってみる」

 ヒーリング・サークルは範囲回復魔法だ。効果は少し弱くなるが、たくさんの人を治せる。

「彼のものたちを癒したまえ。ヒーリング・サークル」
「うん、ヒーリング・サークルは問題ないわね。魔力の込め方も大丈夫。みんな治ったわ」

 救護員のリヒトがルナレイアに近寄る。

「ありがとうございます。僕の仕事もなくなりました」
「あなたのお仕事を奪ってしまったかしら?」
「いえ、僕は働きたくないので問題ありません。神官様方も毎日来てくれたらいいのに」

 はあ、とため息をつく。

「光魔法が少しだけ使えるからと救護員になったのですが、忙しいですねえ。訓練で怪我をして運ばれてくる人は多いし。僕はそんなにたくさん使えないんですよ」
「まあ、お役に立てたならよかったですわ。この子も光魔法の練習ができて何よりです。ありがとうございました」
「いえいえ、またいつでも来てください」

 ルナレイアとレイはお辞儀をして、部屋に戻ろうとした。だが。

「けが人です! 治してください!」

 担架に乗せられて運ばれてきたのは、若い兵士だった。模擬戦か何かで負傷したのか、背中や肩に切り傷がある。それから肘のあたりを、繋がっているのが不思議なくらいに切られている。

「まあ、大変。――彼のものを……」
「わたしがやる。――彼のものを癒したまえ。ヒール」

 レイはヒールを唱えたが、綺麗には治らなかった。

「グランツ・ヒールの方がいいわ。肘も綺麗に治るもの」
「わかった。――彼のものを癒したまえ。グランツ・ヒール」

 重傷者は光に包まれ、数秒後光は収まり、重傷者は綺麗に治っていた。

「レイ、さっきのここはこう、これはこうね」
「わかった。ありがとう」

 話している間に重症だった者は目覚めた。

「……あれ、俺……」
「すげえ、聖女様だ。俺初めて見たよ」
「聖女様だ」

 聖女様、聖女様と騒がしくなってしまった。

「申し訳ございません、わたくしたちはこのあたりで失礼いたしますわ。ここには光魔法の練習に来ただけですの。通していただけますか?」
「聖女さま、握手していただけませんか!?」

 ルナレイアはにこにこと微笑み騎士の間を通ろうとした。だが、阻まれてしまった。
 鍛え上げた騎士たちにルナレイアがかなうはずもなく、握手だけなら、と請け負った。

「かわいいですね、聖女様! お二人共聖女様なんですよね、そのお色だし」
「ありがとうございます。わたくしもこの子も、聖女です」

 騎士たちに愛想を振りまくが、慣れていないのですぐにボロが出そうだ。そう思っていた。だが、そんな時。

「なにをたむろしている! すぐに訓練に戻れ!」

 そう言って止めたのは、副団長のシドだった。二日酔いで少し体がだるかったが、それでも訓練をしに来ていたのだ。
 ルナレイアに群がっていた騎士たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「大丈夫か? ルナレイア」
「ええ、ありがとう。対応しきれなくて、困っていたの」
「やはりそうか。うちの騎士たちがすまなかったな。お詫びに、お茶でもしないか」
「わかったわ、レイも一緒に。わたくしの部屋へ行きましょう」

 三人はルナレイアに与えられた部屋に戻ることにした。

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