第一章 ―― 03

 図書館についたルナレイアは、驚いた。とにかく大きい書庫が、そこにあった。王宮の一部に、書物のためだけに作られたその建物の中は、本棚で埋められていた。天井まで続く大きな本棚。風魔法で飛んで本を取るのだろう。

「まあ、とても大きいですね。ここなら、どんな本でもありそうです……」

 そう呟いていると、司書であろう人物が、ルナレイアに近づいた。

「こんにちは、はじめまして。私、この図書館の司書の、メルル・レストゥーリと申します」
「あら、ご丁寧に。わたくしはルナレイア・リュミエールですわ」
「陛下よりお聞きしております。案内を、とも。なにかお探しのものがあれば、お申し付けくださいませ」

 フォルカが手配してくれたのであろうその人物に、ルナレイアは聞くことにした。

「リュミエール王国について、知りたいのです。記載されている本はどこにあるのでしょうか?」

 メルルの頭にはこの広大な図書館の全てが入っている。リュミエール王国の本は、確か……。

「そうですね、リュミエール王国について詳しく記載されている本は、こちらになります」

 ルナレイアたちはメルルの案内に従い、後を追う。
 そして、ひとつの大きな本棚の前に立った。

「リュミエール王国についての本……、と、ありました。こちらの本が一番詳しく記載されております。ご覧になるのでしたら、あちらの机でお願いいたします」

 机まで案内され、ルナレイアは本を読むことにした。タイトルは、『亡国リュミエールの最期』。


『亡国リュミエールの最期』

 リュミエール王国は、腐敗していた。自らの保身しか考えない上級貴族たち。それに付随する下級貴族。そして、最期の王であるアストレフ・リュミエールは、後宮に篭り、贅を尽くしていた。好色のアストレフは、いろいろな女性に手を出し、後宮を無駄に広げ、妃たちに貢いだ。その金は、平民たちからの税でまかなわれていた。

 上がり続ける税に、貧窮する民。餓死する者は、少なくなかった。そして、餓死者が王都の中にも現れ始めた。商人たちが王都から引き上げ始めたのも、この頃だった。

 辺境の伯爵、侯爵たちは、アストレフ王が税を9割に上げ、さらに臨時の税を絞り始めた頃に、反旗を翻すことに決めた。増税よりも前から計画自体は存在していたが、粛清が怖くて様子見をしていた。だが、これ以上民を苦しめてはいけないと、立ち上がったのだ。

 隣国と国境を接している領地はすべて、隣国へ事情を説明し、助けを希った。アストレフ王などより、隣国の支配に入るほうがよっぽどよかった。自領の民より、隣国の奴隷の方がよっぽどましな生活をしていた。辺境伯たちは、自らのプライドより、民の命を取った。

 長くない時が経ち、王都以外の領は隣国に寝返っていた。だが、王は何もしなかった。ただ私腹を肥やした。軍隊は、そもそも機能しなかった。軍人はぼんくら貴族か、飢えた平民しかいなかったのだ。まともな人間は、王都から逃げ出していた。

 王都の民は、隣国へ逃げた。王宮の調理師も、侍女たち召使いの者も、すべて。私腹を肥やすことしか考えていない貴族に恩などない。貴族から、虐げられていた者たちもいた。逃げた者は辺境伯たちの軍に合流し、城を攻めた。

 そうして、300年という長きに渡るリュミエール王朝は、幕を閉じた。でっぷりと肥え太った王は公開処刑され、たくさんの妃たちも処刑された。幸いなのは、子が少なかったことだろうか。アストレフ王の子は、5人ほどしかいなかった。19歳の長男、18歳の長女、16歳の次女、15歳の次男は、成人していることから、まとめて処刑されたが、10歳の子供であるヴァリアント元王子は、王都であるレスティアのスラム街に放逐された。その後、野垂れ死んだのか、生き延びたのかは、誰も知らない。


「なんという……」

 ルナレイアは呆気にとられていた。自らの祖先、それも、良き王であるとされているアストレフ王が、愚かなる政治をした。そんなことは、信じたくなかった。
 自分がいたあの国は、誰もが慎ましい生活をしていた。今いるレスティア王国の王宮のように、質素な王宮だった。
 父である王と、母である王妃と家族のように過ごすことはなかったが、勇者たちとともに訪れた王宮は、絢爛豪華ではなく、質実剛健の言葉が似合うものだった。

 こちらの世界と、あちらの世界は違うのだ。そう思わなければ、やっていけなかった。自分の信じていたものが、崩れていきそうだった。

「リュミエール国のことはもういいですわ。次は教会と聖女について、ですね。メルルさんは、まだいらっしゃるかしら?」

 あたりを見回すと、どこからともなくメルルは現れた。

「教会と聖女に関してでしたらこちらの本をどうぞ」

 どこからか話を聞いていたのか、教会と聖女に関する本を渡された。
 パラパラと読んでみるが、あちらの世界と特に変わったことはない。

 たとえば、王家であろうと、白銀の髪と黄金の瞳という、“聖女の色”とされている髪と瞳を持てば、教会が聖女として保護・育成するということ。
 もっとも、教会に聖女として“保護”されたルナレイアは思う。あれは保護というより、拉致監禁である、と。実の父や母から引き離され、会うことも許されなかった。教会に保護されたその日から、ルナレイアの世界は教会の中だけだった。
 だから、魔王には少しだけ感謝している。あのまま外にも出ることなく、教会の中で一生を終えるところだった。世界を混沌に貶めると言われている魔王だけど、ルナレイアは魔王が発見されたその時だけ、魔王に感謝した。

「こちらの教会は、どうなのかしら」
「どう、とは?」

 この本からでは、ルナレイアが知っている教会と相違ないのか、わからない。綺麗事を書くくらい、誰にもできるのだ。

「……いいえ、明日にでも行ってみるのですから、その時に確認すればいいことですわ。どうであれ、聖女として育ててくれたことには感謝しているもの」

 ルナレイアは教会で、“立派な聖女”になるよう育てられた。貴族令嬢どころか、王妃になっても恥ずかしくない程度の礼儀や知恵も身につけられた。家族の暖かさは教えてもらえなかったけれど。

「でも、レイという聖女の子はまだ10歳と言ったかしら。わたくしと同じだとしたら、教会にいい感情はないでしょう」
「どうでしょうか。聖女様は寡黙な方ですが、とても崇められているようです。普段は王宮の教会で過ごされているようですが、時折城下の教会にて治癒魔法を施されたり、服など物資を寄付なされたりしているようです」

 ルナレイアは驚いて、目を瞠った。自分の時はそのようなことは許されていなかったからだ。誰かに会うことも許されなかった。世界が違うと教会も違うのだろうか。

「まあ、いいでしょう。それより、明日の予定はどうなるのでしょうか」
「明日は騎士隊の方とお会いになられるのではないでしょうか? そのあとに教会に行き、聖女様にお会いになられるのだと存じます」
「わかりました」

 教会に関する本を読んだルナレイアは、すぐにでも聖女に会いに行きたくなった。何もしなくても明日には会えるとわかっていても、それでも、どのような生活をしているのか、気になったのだ。

「……今から教会に行きたいのですが、可能でしょうか」
「でしたらユスティ様に尋ねられるのが一番良いかと」
「そうですか。ありがとう」

 リサは頭を下げて、ルナレイアの一歩後ろという定位置に戻った。

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