リサの案内で、図書館についた。
とにかく大きい図書館が、そこにあった。王宮の一室だというのに、それを感じさせないほど大きな建物。天井まで届きそうな、むしろ天井が見えない大きな本棚。風魔法で飛んで本を取るのだろうか。
「まあ、とても大きい。ここならどんな本でもありそうです……」
そうつぶやいていると、司書であろう人物がルナレイアに近づいた。
「こんにちは。どのような本をお探しでしょうか?」
人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、尋ねられた。
「リュミエール王国について記載されている本を探しているのです。ご存知ですか?」
司書は考え込んだ。
「そうですね……。リュミエール王国について記載されている本は、この広い図書館といえど5冊ほどしかありません。それでもよろしければご案内いたします」
「では、よろしくお願いいたします」
司書の案内に従い、後を追う。
ひとつの大きな本棚の前に立った。
「リュミエール王国についての本、と……。ありました。この中の4冊はある程度の、触りだけですが、この1冊は踏み込んで書かれています。読まれるのでしたら、あちらの机でどうぞ」
机まで案内され、本を読む。
タイトルは、『亡国リュミエールのすべて』。タイトルのとおり、すべて記されているようだ。
『亡国リュミエールのすべて』
リュミエール王国が滅んだのは、リュミエール王国建国から321年、世界歴3133年のことだ。
亡国リュミエール建国歴319年、悪名高き強欲の王、アストレフ・リュミエールが玉座についた。これまでの王もひどかったが、この王は特にひどかった。
リュミエールの国の民の真なる地獄が、始まったのだ。
王アストレフはまず、自らの欲を満たすために、これまででも高すぎた税をさらに上げた。
飢えていた国民は更に飢え、餓死者が王都の中にも出始めた。商人たちは我先にとリュミエール王国から逃げたのもこの頃だ。
辺境の伯爵、侯爵たちは、アストレフ王が増税した時に、反旗を翻すことに決めた。増税より前に計画自体はあったが、ふんぎりがつかなくて様子見をしていた。だが、これ以上民を苦しめられんと、立ち上がったのだ。
隣国との国境がある領地はすべて、隣国へ事情を説明し、助けを希った。アストレフ王などより、隣国の支配に入るほうがよっぽどよかった。辺境伯たちは、プライドより民の命を取った。
1年がたち、王都以外の土地は、すべて隣国に寝返っていた。王は何もしなかった。ただ、私腹を肥やした。軍隊は、そもそも機能しなかった。軍人はぼんくら貴族か、飢えた平民しかいなかったのだ。まともな人間は、王都から逃げ出していた。
王都の民は、隣国へ逃げた。王宮の調理師も、侍女たち召使いの者も、すべて。私腹を肥やすことしか考えなかった貴族に、恩などない。貴族から、虐げられていた者たちもいた。
そして、300年という長きに渡るリュミエール王朝に終わりが来た。
隣国レスティアに寝返った辺境伯たちは、リュミエール王国王都の王宮に立ち入り、王を弑した。王族は、みな処刑された。10歳の、ヴァリアント元王子を残して。
ヴァリアント元王子はレスティアのスラム街に放逐された。その後、すぐに亡くなったか生き延びたのかは、誰も知らない。
「なんという……」
ルナレイアは呆気にとられていた。自らの祖先、それも、良き王であったとされているアストレフ王が愚かなる統治をした。そんなことは、信じられなかった。
自分がいたあの国は、誰もが慎ましい生活をしていた。今いるレスティア王国の王宮のように、質素な王宮だった。
父である王と、母である王妃と家族のように過ごすことはなかったが、勇者たちとともに訪れた王宮は、絢爛豪華ではなく、質実剛健の言葉が似合うものだった。
こちらの世界のリュミエール国は滅びた。むこうの世界ではない。
ルナレイアは割り切ることに決めた。
「リュミエール国のことはもういいですわ。次は協会と聖女について、ですね……。司書さんはまだいるかしら?」
あたりを見回すと、どこからともなく司書が現れた。
「教会と聖女に関してでしたらこちらの本をどうぞ」
どこからか話を聞いていたのか、教会と聖女に関する本を渡された。
パラパラと読んでみるが、もといた世界と特に変わったことはない。
たとえば、王家であろうと、白銀の髪と黄金の瞳という、“聖女の色”とされている髪と瞳を持てば、教会が聖女として保護・育成するということ。
教会に聖女として“保護”されたルナレイアは思う。あれは保護というより、拉致監禁である、と。実の父や母に会うことも許されず、そもそも王宮に行くことすら許されなかった。教会に保護されたその日から、ルナレイアの世界は教会の中だけだった。
だから、魔王には感謝している。あのまま外にも出ることなく、教会の中で一生を終えるところだった。世界を混沌に貶めると言われている魔王だけど、ルナレイアは魔王が発見されたその時だけ、魔王に感謝した。
「こちらの教会もやはりひどいのですね」
「ひどいのですか?」
リサに教会の惨さはわからない。リサだけではない。どちらの世界でも、一般人にわかるわけがない。
教会は一般人には優しいのだ。貧しい人びとに炊き出しをしたり、怪我人や病人には無料で治療をしたり。
教会が非情になるのは、聖女にだけ。聖女と、その家族。家族と引き離した教会を、優しいなどと言えるわけがない。
「もちろん。聖女に対してだけだけれど。それでも、育ててくれたことには感謝しているわ」
ルナレイアは教会で、“立派な聖女”になるよう育てられた。貴族令嬢どころか、王妃になっても恥ずかしくない程度の礼儀や知恵も身につけられた。家族のあたたかさは知らなかったが、もとの世界の仲間たちが教えてくれた。
「でも、聖女レイという子はまだ10歳といったかしら。わたくしと同じなら、今とても教会を憎んでいるのでしょうね」
「聖女様は、表にはお出でにならないですが、活発な方でとてもそんな風に見えないらしいですよ。外出というか、孤児院などに治癒魔法だったり、食事の差し入れだったりされているようです」
ルナレイアは驚いて、目を瞠った。自分の時はそのようなことは許されていなかったからだ。世界が違うと教会も違うのだろうか。いや、家族と離されるのだから、そんなことはないはずだ。きっと。
「まあ、いいわ。そのうち明らかになるのだから。明日の予定はどうなるのかしら?」
「明日は近衛の女性とお会いになられるのではないでしょうか? そのあとに聖女様ではないかと存じます」
「そう。このあとの予定は?」
「特にありません。自室に戻られても、ユスティ様にお会いになられてもよろしいでしょう。もしくは、教会に行ってもいいかと」
「わかったわ。ありがとう」
リサは頭を下げて、ルナレイアの後ろという定位置に戻った。
ルナレイアは、教会にいくことにした。