第一章 ―― 02

 ルナレイアは、夢を見ていた。魔王と倒し、平和になった世界で、だいすきな勇者と結婚し、家庭を作る。そんな夢だった。

 だが、幸せは壊れた。いつの間にか復活した魔王が、割れた空間から現れ、ルナレイアを引きずり込んだ。

 ルナレイアは、泣きながら目を覚ました。

「おはよう、大丈夫?」

 目を開けたらそこに、ユスティがいた。

「お、おはようございます」
「あ、ごめんね、驚かせちゃった。でもそろそろお昼だから、起こしに来たよ」

 そう言われて窓から外を見ると、太陽はほぼ真上の位置にあった。

「申し訳ございません。こんな時間まで眠るなんて……」
「いや、いいよ。疲れていただろうし。それより君に、侍女を付けようと思うんだ」

 おいで、と、扉の向こうに言うユスティ。

「失礼いたします」

 そう言って部屋の中に入ってきたのは、紫色の髪をした、年若い侍女だった。

「この子はリサ。平民だけど、優秀な侍女なんだ」
「はじめまして、ルナレイア様。リサと申します。ルナレイア様の身の回りのお世話、および護衛をさせていただきます」

 よろしくお願いします、と、リサはルナレイアに頭を下げた。

「そんな、わたくしに侍女なんて、もったいないですわ……」

 ルナレイアは遠慮をしたが、ユスティは譲らなかった。

「この城のこととか、もっと言えばこの世界のこととか、わからないことはたくさんあるでしょう? だから、一時的であれ、必要だと思ったんだ。だから、そばに控えるのを許してやって欲しい」

 ユスティにそこまで言われては、と、ルナレイアは頷いた。そういえば、こちらの世界のことを全然知らないな、とも思った。

「かしこまりました。ありがとうございます。……リサさん、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 ユスティは満足そうに頷いた。

「さて、フォルカに会おうと思うんだけどリサ、準備はどのくらいでできる?」
「一時間ほどお時間をいただければ問題ないと存じます」
「わかった。よろしくね」

 かしこまりました、とリサは言い、謁見用のドレスを取りに行った。

「準備しているところを見ててもいいんだけど、とりあえず報告もあるし、フォルカのところに行ってくる」

 そう言って、フォルカも部屋から出て行った。

「お待たせいたしました」

 謁見用のドレスを持ち、リサが帰ってきた。

「では、ルナレイア様。こちらのドレスにお着替えいただきます」

 それを見て、ルナレイアは驚いた。

「そのような豪華なドレス、わたくしが着てもよろしいのかしら」
「ええ、もちろんです。そのために我が主が用意させたのですから」

 半ば気後れしながらも、ルナレイアはリサにドレスを着せてもらった。ドレスを着るのは、何年ぶりだろうか。
 リサに着替えさせてもらい、化粧をされ、髪を整えられる。

「ルナレイア様の御髪はとてもお綺麗ですね……。下ろしたままのほうが、映えると思います」

 リサはそう言い、髪を櫛った。

「とてもお綺麗です。さすが、聖女様……」

 そう、呟いた。ルナレイアは目を見開いた。

「もしかして、ユスティさまから何か聞いているの?」
「いいえ、なにも。ですが、私はルーチェ教の信者なのです。聖女様のことは存じております。銀の髪と黄金の瞳。まさしく、聖女様のお色です」

 それもそうか、と納得した。聖女の話は有名だし、何よりその色を持つ者は教会に保護され、聖女として大体的に宣伝される。

「準備も出来ましたし、あとはユスティ様をお待ちするのみですね」

 そういった時、コンコン、と、ドアがノックされた。

「ユスティ様でしょうか」

 リサの予想通り、ユスティだったようだ。

「あー、えっと、ごめんね、フォルカがすぐに会うって聞かなくて、ついてきちゃった」

 ユスティのあとに続き、フォルカが部屋に入ってきた。

「勇者さま……。お会いしとうございました……」

 その姿は、紛れもなく大好きだった勇者で、ルナレイアは感極まり、はしたなくも勇者に抱きつこうとしてしまった。

「勇者? 残念だが、俺はこの国の王、フォルカ・レスティアだ。聖女よ、話したいことがある」

 ルナレイアをうまくかわし、フォルカが言った。ルナレイアも、わかってはいた。だが、もしかして、と、一縷の希望をかけてしまった。自分の知っている、勇者ではないのに。
 動揺はしたが、予想もしていたことだ。どうにかして、自分を落ち着けた。

「お話? なんでしょうか」
「ユスティから魔王が出現した件について、聞いていると思う。だが、先ほど早馬による知らせが来た。魔王が活発に動きだしたらしい。そのため、聖女であるお前に力を貸して欲しい」
「力をお貸しすることは可能ですが、どのように?」

 フォルカは少し考えてから言った。先ほどユスティから聞いた話が本当ならば、この娘には酷なことを告げなければならない。

「聖女と、その仲間に何人かつける。魔王を討伐して欲しい。それから、教会には幼いが聖女がいる。そのもののことも、頼みたい」

 王に頭を下げられたルナレイアは、困惑した。

「ですが、わたくしは……」
「魔王は聖女にしか倒せないと聞く。あの子を、お願いしたい」

 この娘が聖女だと、外見からわかる。それに、あの話も、信ぴょう性がないわけではない。むしろ、聖女であることを鑑みると、本当の話のように思えてくる。魔王が聖女にしか倒せないならば、この少女に任せるしかないと、フォルカは判断した。

「……かしこまりました。この世界の魔王のことは、わたくしのせいではないと、言い切ることはできません。ならばわたくしは、その者を排除することに、尽力致しましょう」
「ま、待って。それなら僕も行くよ。ルナレイアを危険な目に合わせたくない」

 そういうユスティに、フォルカは意表をつかれた。国の守りの要である賢者に、そのようなことはさせられない。

「何を言っている。お前にはこの国を守ってもらわねばならん」
「僕が守りたいのはルナレイアだ。この国の結界なら、他の魔術したちでもどうにかできる。それに、君が大切にしているあの子も守らないとダメだろう。ほかに、誰がいるんだい?」

 うっ、と、言葉に詰まった。たしかに、そのとおりではある。

「だからね、僕が行く。行かせてくれ、フォルカ」

 いつもの飄々とした表情は鳴りを潜め、真面目な顔でフォルカに頼んだ。

「……わかった。お前は言いだしたら聞かないからな」
「ありがとう。ルナレイア、こちらの世界の聖女、君にそっくりなんだよ」

 向こうの世界に似た人がこちらにもいるのだから、わたくしに似た人もいるのかしら、とルナレイアは考えた。

「まだ、10歳だけどね。連れて行くのはかわいそうかもしれないけれど、魔王を討伐するために聖女は保護されているんだ。ここで放っておいたらルーチェ教に何を言われるかわからない」
「それ、は、仕方ありませんね。聖女という子も、覚悟はできているでしょう。かつてわたくしがそうであったように」

 魔王討伐の旅に連れて行かれることになった、あの日のことを思い出した。が、今はそんなことを考えている暇はないと、振り払った。

「ですが、陛下。準備期間に三日ほどいただきたいのですが、可能でしょうか?」
「ああ、もちろんだ。その間に聖女ともうふたり、騎士隊の者と面会しておいてほしい」
「かしこまりました」

 フォルカは、聖女につく者をすでに検討していた。剣聖であるシド・ル・レインシールと、その弟子であるラナリーだ。どちらも、実力は軍の最高位である元帥のお墨付きだ。

「この城に滞在する間は、客室を使うといい。ここの隣の部屋だ。ユスティにつけられた侍女はそのままお前付きにする。ほかに何か質問、希望などあるか」

 ルナレイアは少し考えた。

「こちらに、書庫などはありますでしょうか。あと、光魔法、神聖魔法の鍛錬をしたいのですが」
「ふむ。書庫に関してだが、そこの侍女が城の図書館を知っている。後ほど立ち入り許可をしておくから、案内してもらえ。魔法に関してだが、教会に行くのはどうだ? けが人も治せるし、鍛錬できる。それから、お前の魔力も回復できる」
「では、そのように。本日中にでも図書館とやらに行きたいのですが、可能でしょうか?」
「ああ、問題ない。では、俺は政務もあるから、失礼する」

 フォルカは部屋から退室した。ルナレイアはそのまま客室に案内され、ソファに腰を下ろした。
 安心したように、ほっと息を吐いた。

「本当に、そっくりだわ……」

 ぽつり、と、呟いた。

「勇者様、ですか?」

 リサもルナレイアの話はざっくりと聞いている。

「ええ、わたくしの勇者さま……。わたくし、あの方のこと、お慕いしておりました。婚姻の約束もしておりました。わたくしの二つ年上で、紳士で、とても優しくて、笑顔が素敵な方でしたわ。戦姫とともに、わたくしを守ってくださいました。だいすきな、わたくしの仲間たち」

 ルナレイアは言葉を切って、頭を振った。

「いいえ、そのことは今はいいのです。リサ、図書館に行きたいの。案内していただける?」
「かしこまりました。では、一度着替えましょう。謁見用のドレスだと、窮屈でしょうから」

 ルナレイアは言われて気づいた。今のドレスでは、重くて歩き回るのに向いていたない。

「あら、それもそうね。お願いするわ」

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