第二章 ―― 04

 旅を始めてから一ヶ月経った。いくつかの村や町に行き、何人かの人を癒し、たくさんの魔物を倒した。
 レイはもうルナレイアに指示されることなく、自らの判断で人を癒すことができるようになった。

「旅を始めてからもう一ヶ月も経つのね」
「そうだね。まさかこんなに何事もなく進めるとは思わなかったよ」

 当初の予定通り、冒険者ギルドで魔物の皮を売ったり、依頼をこなしてお金を稼いできた。本当に何事もなく、旅が進んだのだ。

「ま、平和なのは一番よ。このまま変なことが起こらずに旅ができたらいいわね」

 魔王が現れたとは言え、平和に終わるなら、魔王との戦いだけで終わるのなら、それだけで十分だ。ルナレイアは前の旅のことを思い出して、そう思った。魔物たちに襲われたり、毒の沼の浄化を三日三晩かけて行うのは、もう嫌だ。

「次の街が見えたぞ。あれは、確かリューズヴィだったか」
「違うよシド、あれはリューズベルだ。ま、何もない普通の街だね」

 街まで馬車を進ませて、街道を通る。城壁のある、大きな街だ。だが、道行く人々はなにか不安そうに顔を伏せている。今までとは、何か違う。

「ねえ、おかしいわ。どうしてこんなに空気が淀んでいるのかしら」
「なんだか変だね。とにかく、冒険者ギルドに行ってみよう」

 冒険者ギルドについた五人は、馬車から降りて、中に入った。中に入ると、冒険者と思われる者たちもなにかざわついている。

「ねえ、何かあったの?」

 ルナレイアは近くの冒険者に訪ねてみた。

「あ、ああ、近くの村が魔物にやられてな。村人の大多数は亡くなってしまったらしい。そして、その魔物たちはこの街に向かっていると、早馬が来た。先遣隊は、早馬で来たやつ以外は、全滅、だ」
「そ、れは……。その魔物たちがこの街にたどりつくのはいつくらいになるか、わかるかしら」
「明日にはもう見えてくるだろう、と聞いた。俺はこの街に残って、守る。あんたたち、とっとと逃げたほうがいいぜ。今日ここについたばっかりだろ」

 冒険者はにかっと笑った。街を守るために命をかける。そんな眼だった。

「だって。ユスティ、どうするの?」
「もちろん一緒に守るさ。まずは支部長のところに行こう」
「そうね。……話を聞かせてくれてありがとう、助かったわ」

 後半は冒険者に告げ、五人は支部長のもとへむかった。支部長とは、ギルドの支部を運営している、その街で一番の腕利きの、元冒険者だ。現役だと冒険者として活動できないので、支部長に抜擢されると冒険者を引退するのだ。

「いらっしゃいませ。……噂には聞いております。聖女様、ですね。どうぞこちらに」

 どういう噂を嗅ぎつけたのか、受付嬢はユスティたち五人を支部長室へと案内した。

「失礼いたします。噂の聖女様方をお連れいたしました」
「噂とは、なんでしょう?」

 支部長室に入るやいなや、噂が気になりルナレイアは訊ねた。

「銀の髪に金色の瞳を持つ、凄腕の冒険者がいると、噂になってるんだ。癒しの力は教会の癒し手よりも上だ、とか、聖女様だ、とかな。実際のところ、どうなんだ?」
「特に隠しているわけではありません。わたくしとレイは聖女です」
「そうかそうか。それでな、聖女様、頼みがある」
「魔物たちの……、魔物暴走スタンピードのことでしょう。わたくしたちも、お手伝いいたします」

 支部長は不審そうな顔をした。本当に手伝ってくれるとは思ってもいなかったのだろう。

「いいのか?」
「ええ、わたくしは聖女。こちらのユスティは宮廷魔術師。こちらは……」
「まてまてまて、宮廷魔術師というとアリスロード公爵家当主のか!? 本当か!?」
「もちろんですわ。こちらの二人は近衛騎士。スタンピード程度でしたら、わたくしたちが一掃いたします。冒険者の皆様には、ユスティが撃ち漏らし、近衛騎士のふたりが斬り伏せれなかった穴を埋めることと、街の警備をお願いいたしますわ」

 いかが? と、ルナレイアは問いかけた。支部長は、一も二もなく頷いた。渡りに船だったのだ。ルナレイアたちがいなければ、この街は壊滅していたのかもしれない。

「つーか、どうして聖女様なのにスタンピードのことを知っている?」
「以前、拝見したことがありましたの。もちろん、止めましたが。と、この話は内密にすることでした。聞かなかったことにしてくださいまし」
「……ま、いいか。知っているなら話は早い。というか、全て引き受けてくれるのか?」

 いいえ、とルナレイアは首を振った。街の警備までは面倒を見切れないからだ。

「先程も言いましたとおり、わたくしたちができるのはスタンピードをある程度殲滅することと、けが人を癒すことだけですわ。それでよろしくて?」
「すまん、アリスロード公爵家のことに驚きすぎて聞いてなかった。それで十分だ。撃ち漏らしと街の警備は任せてくれ」
「ええ、お願いするわ。さ、行きましょう」

 前半は支部長に、後半は仲間たちへ向けて言った。他の四人は頷き、ルナレイアたちはギルドを出た。なにをどうするか、話し合うためだ。

 近くの食堂で昼食を取り、その場で話し合うことにした。誰かに聞かれても問題ない。

「で、わたくしが言ったとおりにやる、ということでいいかしら」
「そうだね。僕が最初に最上級魔法でスタンピードを一掃、残りを僕とシド、それからラナリーで叩く」
「それが一番わかりやすいものね。わたくしとレイは二手に分かれて、けが人が出たらそれを治癒。それでいいかしら。と言ってもそうそう出るようなものでもないでしょうけど」

 ルナレイアは、いや、ルナレイアたちは、この仲間たちとならば、スタンピードなど御しやすいものだと思っていた。実際、そうなるはずだった。スタンピードがこの街に襲いかかるまでは。

「じゃ、決まりだね。各自、準備をしようか。と言っても、ルナレイアとレイが聖水を馬車から取りに戻るくらいだけど」

 ユスティは苦笑した。だが、その時だった。


 カンカンカンカンと、街の鐘が打ち鳴らされた。――これは、警鐘だ。

「もう目視できる距離に来ちゃったのかなあ。おかしいな、予定では明日のはずだったのに。とりあえず僕は城壁の上から最上級魔法で魔物たちを一掃しに行く。みんなは予定通りに動いてくれ」

 四人は頷き、駆け出した。ユスティは城壁に向かい、ルナレイアとレイは手を繋いで街の教会へ向かった。けが人はまず教会へ運び込まれるからだ。

「ユスティおにーちゃんたち、大丈夫かな」
「宮廷魔術師のユスティ、近衛騎士のシドとラナリー。問題ないわ。さ、わたくしたちはエリア・リジェネレートをこの教会にかけましょう。みなさん落ち着くわ」
「わかった」

 レイは頷き、詠唱する。

「我らを癒し続けよ、エリア・リジェネレート」

 教会は光で包まれる。逃げ惑う街の人々も、この光を見て教会へ避難するだろう。

「よく出来ました。あとは避難の誘導と、万が一魔物たちがここを襲っても大丈夫なように、プロテクションもかけましょう。わたくしがやるわ」
「わかった」
「我らを守り続けよ、キープ・プロテクション」

 ルナレイアの魔法は堅牢な盾となり、教会を守り続ける。街全体にこの魔法をかけ続けることも可能だが、そうすると守りのちからは弱くなり、すぐに破壊される。教会だけを魔法の対象としたのは、苦渋の決断なのだ。

「ユスティ、シド、ラナリー。大丈夫だとは思うけれど、無事に帰ってきて」

 ルナレイアとレイは、神にそう、祈った。

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