第二章 ―― 03

 早くから眠りについたルナレイアは、陽が昇るころに目を覚ましてしまった。旅立ちの日と同じような時間だ。何もすることがないので、ルナレイアは外に出た。そして、ユスティを見つけた。見張りをしているのだろう。

「ユスティ、おはよう」
「おはよ、ルナレイア。こんなに早く起きちゃってどうしたの?」
「なんだか目が覚めてしまって。昨日早く寝たせいかしら。隣、座ってもいい?」

 ユスティは頷いたのを確認して、ルナレイアはユスティの隣に座った。

「ここはまだ王都の近くだから、あんまり魔物はいないね。僕が見張りについてから、というか昨日の夜から何もないよ。昨日僕とシドで周りの魔物を狩り尽くしちゃったかな」

 なんてね、とユスティは笑った。つられてルナレイアも笑いをこぼした。ルナレイアは、ふと周りを見渡した。どこまでも続いていそうな草原が広がっている。そして、気持ちいい風が吹いている。

「なんだか、平和ね」
「だね。魔王なんて本当にいるのか疑っちゃうよ」

 魔王のことを思い出して、ルナレイアは考え込んだ。

「どうしたの?」
「……魔王って、向こうの世界からわたくしと一緒に来たのかしら。それなら、わたくしはここへ来てはいけなかったのじゃないかしら」
「僕は、君がこちらに来て、君と会えて嬉しいよ。たとえ魔王と共に来たとしても」

 それでもルナレイアは不安を拭いきれない。きっと魔王は、魔王が狂化した魔物たちは、この世界の人を害していく。それでもこの人は、自分と会えてよかったと言ってくれるのだろうか。

「大丈夫だよ、ルナレイア。魔王は僕たちが倒す。それでいいじゃないか」
「そう……なのかしら」
「うん、そうだよ。だから、大丈夫」

 ユスティはそう言って、ルナレイアの手を握り、空いた方の手でルナレイアの頭を撫でた。前も撫でたことがあるけれど、ルナレイアの髪は柔らかくて、触り心地がよくて、ユスティは頭を撫で続けた。

「ユスティ?」
「なに?」
「どうしてわたくしの頭を撫でているのかしら」
「ルナレイアが落ち込んでそうだったから。だめかな?」

 ルナレイアは首を横に振った。撫でられることは嬉しいが、どうして撫でられているのかと戸惑ったのだ。

「だめじゃないわ。でも、どうしてわたくしの頭を撫でているのかしら、と思って」
「ルナレイアがかなしい顔をするからだよ。僕はルナレイアのそんな顔より、笑った顔の方が好きだから。笑って欲しいな」
「なっ、にを、言って」

 ルナレイアは真っ赤になって、顔を伏せた。

「またからかっているのね。ユスティはいじわるよ」
「からかっているわけじゃないよ。あのね、ルナレイア。僕は君が好きなんだ。笑った顔も、怒った顔も、優しいところも、全部、好きだよ」

 突然ユスティに好きと言われて、うろたえるルナレイア。顔はさらに真っ赤になり、視線が定まらなくなっている。

「いきなり、何を」
「君とふたりきりになれることは多くないからね、気持ちを自覚した時、言えるときに言っておこうと思って。返事はしなくていいよ。戸惑っているのは見たらわかるし」
「わ、わたくし、は」

 ルナレイアは何か言おうとした。そんな時。

「ユスティ、ルナレイア、おはよ」

 レイがテントから出てきた。ユスティに何も言わなくて済んで、ルナレイアはほっとした。ユスティはルナレイアが何を言おうとしたのか気にはなったが、レイの前でする話ではないと思い、この話はここで終わり、とルナレイアに言った。

「レイ、おはよう」
「おはよう」
「ルナレイア、どうかしたの? 顔、あかい」
「い、いえ、なにもないわ。気にしないでちょうだい」

 レイは気になったが、ルナレイアが大丈夫だと言っているのだから大丈夫だろうと判断した。もしなにかあったのだとしても、ルナレイアなら自分で治せる。そう思った。

「ユスティおにーちゃん、次の村? はどこ?」
「次はリーテン村っていうところだよ。小さな村だし、冒険者ギルドはないと思う。少し見て回るだけで通過してもいいんじゃないかな」
「そう、ありがとう」

 どういたしまして、とユスティは返答した。そうこうしているうちに、ラナリーとシドもテントから出てきた。

「おはよう、みんな」
「遅くなったか? おはよう」
「おはよう。遅くなっていないわ。大丈夫よ」
「おはよ」
「おはようシド、眠そうだね。次の真ん中の見張りは僕がするよ」

 一番最初は譲れなかったシドだが、交代ですることに否はないのだろう。頷いた。

「では、朝食を作ってしまいましょう」
「じゃあお肉は昨日ユスティとシドが狩ってきたやつを使って」
「わかったわ」

 ルナレイアとシド、レイは朝食を作り、ユスティとラナリーはテントを片付ける。
 今日の朝食はサンドイッチだ。どうせ魔法鞄に入れておけば時間は進まないし、昼用にも作っておく。肉を軽く焼いてパンにはさんだものと、野菜を塩胡椒で味付けしてパンで挟んだものを作った。

「できたわ。馬車でも食べれるでしょうし、馬車に乗って食べましょう。移動もできるし」
「そうだね、そうしよう」

 馬車に乗り、馬を走らせる。サンドイッチを食べながら、馬車は進む。

「今日もいい天気ね」

 ルナレイアが言うとおり、今日も晴れていた。こちらの世界に来て、ルナレイアはまだ一度も雨を見ていない。

「そうね」

 周りを見回しても、草原しかない。木はないし、魔物が出る気配もない。次の村を越える頃には森も出てきてくるだろうか。

「やることがないわね。平和の証とも取れるでしょうけど、何もないのも困ったものだわ」
「この辺は平和だから、仕方ないね」
「暇だし、私は馬車と並走することにしよう。ラナリーも来い」

 シドは馬車から飛び降り、自らの足で走る。かろうじてつかえる風の魔法を使って、馬車と併走する。ラナリーも手招きされて飛び降りた。ラナリーにはユスティが風の魔法を使った。宮廷魔術師なのだから、自分には使わないがシドと同じことはできる。

「ふたりとも、げんき」

 レイは呟いた。ルナレイアとユスティも、頷いた。体を動かさない聖女と賢者は、馬車と並走するなどという芸当はできそうにない。たとえ風の魔法を使ったとしても。

「でも、体を動かすのはいいことだわ」
「僕たちも、何かする?」
「無茶言わないで。馬車の中じゃ無理だわ」

 馬車は進む。三人は喋ったり、ぼーっとしたり、魔法のことを考えたりした。魔物が出ることもなく、平和な道だった。

 そうしていると、ようやく次の村であるリーテン村についた。ラナリーは肩で息をしているが、シドは息を切らすこともなく、平然としていた。

「副団長って、こんなに、体力があるの、ね……」

 ぜいぜい、と息をするラナリーに、レイはヒールをかけた。

「ありがと、レイ。少し楽になったわ」
「どういたしまして」

 話しながら、村の中を進む。村人たちは慣れているのか一瞥しただけで終わり、子供たちは不思議そうに見ているが、近寄っては来ない。困っていることがありそうな雰囲気もない。

「ここは通過してしまおうか」
「そうしましょう」

 当初の予定通り、馬車を進める。

「お、お待ちくだされ〜」

 そう言いながら馬車に駆け寄ってきたのは、質素な服を身につけたお爺さんだった。ユスティは馬車をとめた。

「どうかしましたか?」
「すまんのじゃが、治療師の方か癒し手の方はいるじゃろうか? いたらうちの孫を治してほしいのじゃ。もちろん、お礼はする」
「癒し手ならいますよ。とりあえず話をお聞きしましょう。どこか、落ち着けるところはありますか?」
「助かった。わしの名前はベルドじゃ。家へ案内しよう。孫もそこにおる」

 ベルドの家へ向かいながら、五人は軽く自己紹介をした。旅の理由は伏せておくことにする。

「ここがわしの家じゃ」

 ベルドの家は、周りの家と同じような質素な家だった。ユスティを先頭に、ルナレイア、レイとあとに続く。ラナリーとシドは馬車で待機だ。

「これがわしの孫のミリアじゃ。息子夫婦は亡くなってしまってな、わしが育てておる」

 ルナレイアが眠っているミリアをみた。足を怪我しているようだ。ほかにも、腕や顔にも切り傷がある。そして、二の腕のあたりにやけどのような跡があった。

「これは?」
「昔ついてしもうたやけどの跡じゃ。治るとはミリアもわしも、思っておらん……」

 そう言いながら、悲しそうに目を伏せた。

「レイ、グランツ・ヒールにしましょう。ベルドさん、やけども治りますよ」
「ほ、ほんとうかの?」
「ええ」

 ベルドは感激して、ルナレイアの手を握った。レイは頷いて、詠唱する。

「彼のものの傷を完全に癒せ。グランツ・ヒール」

 光がミリアを包み、やがて消える。ミリアの足の怪我、腕や顔の切り傷、そして、やけど跡は綺麗に治っていた。

「おお、よかった……。レイさん、ありがとう」
「どういたしまして」
「少ないのじゃが、お礼じゃ」

 そう言ってベルドはレイに革袋を渡した。だが、レイは返した。

「別にいらない」
「いや、受け取って欲しいのじゃ」

 何度か返したり渡したりするが、折れたのはレイだった。

「しかたない。じゃあ半分だけ」

 レイは革袋の中から半分取り出し、ベルドに返した。じゃが、と言いかけるが、半分は受け取ってもらえたのでよしとしたのだろう。おとなしく返されたものを受け取った。

「では、わたくしたちはこれで」
「すまん、本当に助かった。ありがとう」

 ベルドに見送られて、馬車に乗り、走らせる。ほかの村人たちに止められることもなかったので、このまま進めることにした。次の村へ、馬車は進む。

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