第二章 ―― 01

 ごとごとと音を立てながら、馬車は進む。馬車に酔う者はいないが、レイはいつの間にかお尻が痛くなっていることに気づいた。

「おしりが痛い」

 それもそのはず、道は整備されていないし、馬車もそういいものではない。石があると車体は跳ねる上に、クッションがたくさん積まれているわけでもない。

「レイ、それならお尻にヒールをかけたら治るわ」

 ルナレイアは慣れた様子で、そう言った。二年も旅をしてきたからだろうか。

「我を癒したまえ。ヒール」

 ルナレイアに言われて気づき、ヒールをかける。痛みが和らぎ、だいぶ楽になったようだ。

「光魔法をこんなことにつかってもいいのかな」
「いいのよ。使えるものは使ってしまわなければ。お尻が痛いのは辛いもの」

 ルナレイアは旅を始めた当初のことを思い出した。あの頃の自分は、痛い痛いと騒ぎ出し、ようやくヒールで楽になると気づいたときは、ホッとした。本当に痛かったのだ。

「さ、見えてきたわ。あれが最初の村のリベルティ村よね?」

 ユスティに問いかけるルナレイア。この旅の道順は、ユスティがすべてを知っている。王からいろんなことを聞いて、政治的に行かなくてはならない場所もあるだろう。

「そうだよ。王都からそう離れていないから、村というより少し大きな街だね。王都に近いっていうだけで、名産品とかは特になし。依頼だけ何件かこなして、先に進もうか」
「わかったわ」

 ラナリー、シド、レイも頷いた。

 馬車は進み、リベルティ村に到着した。街にはたくさんの人がいて、魔王が現れたことなど知らぬように、幸せそうに生活していた。いや、街の人々は魔王が現れたことなどまだ知らないのだろう。

「ここはまだ問題なさそうね。わたくしが旅していた頃は、進むにつれて人が顔を伏せながら、怯えながら生活していたもの」
「そう……だね。とりあえず、冒険者ギルドに行こうか」
「ええ、行きましょう」

 馬車は進み、街を進む。王都と同じような屋台もあるし、たくさんの人がいる。ルナレイアたちは、この幸せそうな世界を守りたいと、そう思った。

 そうしているうちに、冒険者ギルドについたようだ。ギルドはどこのギルドでもほかにはあまりない三階建てで、わかりやすい。

「まずは依頼を見ましょうか」
「今回は見るだけね。適当に魔物を狩って解体して魔法鞄に突っ込んで、依頼があったら提出する。冒険者のセオリーよ」
「そうなの? 依頼を受けてから魔物を倒すのだと思っていたわ」
「そうすると街から出られないでしょう? 街に定住している人はそれでいいけれど、旅の人はそうするのよ。地域によって出る魔物は微妙に違ってくるから、依頼に合わない素材は普通に売り払うの」

 ルナレイアは納得したように頷いた。

「ねえラナリー、オーガってなあに?」
「大きい角が生えた二本足の魔物よ。知らない?」
「あ、知ってるわ。でも種族名は知らなかったの。強い?」
「うーん、あたしが一対一でも勝てるくらい、かなあ。普通」

 ルナレイアが知っているオーガは、勇者とラナリーが必死で頑張って、ようやく倒せるような魔物だった。ユスティは一人で二体をまとめて引き受けていたが、あれは引き受けていただけであって倒せていたわけではない。ルナレイアが知らないうちに弱体化したのだろうか。

「そっか、ありがとう。ユスティ、シド、よさそうな依頼はあった?」
「あんまりないね。この辺は魔物があまり出なさそうだし」
「そうだな。……あ、これなんかいいんじゃないか。ルナレイアとレイならすぐに片付けられそうだ」

 シドが手に取ったのは、崖から落ちたけが人の治療、または治癒だった。治療は銀貨50枚、治癒は金貨1枚。けが人はギルドの治療室にいるらしい。

「これを受けましょう。他には何かあるかしら」
「特にないかな。これが終わったらこの街で一泊はせずに、このまま出よう」

 ルナレイアたちは頷き、再び依頼用紙を見た。これを治療、治癒の場合は依頼用紙を受付に持って行き、依頼を受けてから患者のもとに行く。患者はギルドにいることもあるし、教会にいることもある。あるいは自宅にいたり、様々だ。

「ルナレイア、治療と治癒の違いってなに」
「治療は傷を塞ぐ程度のことで、治癒は完全に治してしまうことよ。わたくしたちは治癒ができるから、怪我を癒す系統の依頼はすべて受けられるわ」
「わかった」

 レイはとりあえず光魔法で傷を治せばいいのだな、と解釈をした。間違ってはいない。
 ルナレイアはレイの手をつなぎ、依頼用紙を持っていく。

「三人はここにいてくれる? わたくしたちだけで十分だわ」
「わかった」

 三人と別れ、受付に向かったふたりは依頼用紙を提出した。

「この依頼、受けます」
「かしこまりました。ギルドカードをお見せください」

 ルナレイアはレイのぶんと自分の分、二枚を提出した。

「お二人で、ですか?」
「いいえ、主にこの子が光魔法を使い、わたくしは補助です」
「そうですか、教会関係の方とお見受けしました。では、……ユラ」

 ユラと呼ばれた少女は、はい、と返事をしてこちらに来た。

「ユラがお二人をご案内いたします」
「はじめまして、ユラと申します。こちらへどうぞ」

 受付のカウンターから外に出たユラは、先導して治療室へ行く。ふたりもそれについていった。

「おふたりは、治療師なのですか?」

 歩きながらしゃべりだしたユラ。治療師とは、けが人を治す医者のような者のことだ。もちろんふたりはそれに該当しないので、首を振った。

「では、癒し手様ですか?」
「そのようなものね」

 光魔法をつかえる少年少女たちは、教会の修行を積んだ。その者たちのことを、神官、または修道女と呼び、力の強いものは男女問わず、癒し手と呼ばれる。ルナレイアたちは聖女ではあるが、間違いではない。

「こちらが治療室でございます。中にいるのは、子爵家次男様です」
「貴族さま、ね。……わたくしたちが中に入ったらユラ、あなたはわたくしの仲間の緑の頭をした人を呼んできてちょうだい。受付にいると思うわ。何もないだろうけど、念のため」
「かしこまりました」

 ユラは扉をノックして、しばらく待った。

「……入れ」
「失礼いたします、癒し手様をお連れいたしました」

 部屋の中に入ったルナレイアは驚いた。ベッドに転がっていたのは、まるまると肥えた豚のような男だった。

「失礼いたします。ルナレイアと申します。こちらはレイ」
「よろしくおねがいします」
「では、私は失礼いたします」

 ユラは部屋を出て行った。

「おお、平民にしては美しい者たちだ……。足が痛くてな、早く治せ」

 ルナレイアはその言い方に嫌な予感を覚えたが、ぐっと堪えレイを促した。

「レイ、骨が折れているだけのようだから、ヒールで構わないわ」
「わかった。――彼のものを癒したまえ。ヒール」

 光が豚をつつみ、折れた骨は元に戻り、ついでに体中についていたすり傷や切り傷もみるみるうちに治っていく。

 光が晴れた頃には、豚はピンピンしていた。

「あれほど痛かったのが嘘のようだ。おいお前たち、報酬に俺の妻にしてやる」

 豚が何かを言いだした。ルナレイアの嫌な予感は当たってしまったようだ。

「……お断りさせていただきます。わたくし共には、金貨一枚で十分でございます」
「何を言う。この俺の妻になるんだぞ」

 そういった豚はルナレイアの腕をつかもうとした。
 そんな時。

「失礼するよ」

 ユラが呼んでくれたのだろう。そこには、ユスティがいた。

「ルナレイアとレイは僕の仲間だからね、そういう話はやめてくれないか」

 そう言われた豚は、いきり立ってベッドから降り、ルナレイアの腰を抱きしめ引き寄せた。

「この俺を誰だと思っている! 子爵家の次男だぞ!」

 ユスティは豚を蹴り飛ばし、ルナレイアを解放させた。

「残念だったね、僕はユスティ・フォン・アリスロード。公爵家当主だ。汚い腕でルナレイアを触るんじゃない。切り飛ばすよ?」

 腕を切り落としてはまずいとは思ったのか、ユスティは豚の髪を風魔法で霧散させた。

「無詠唱だなんて、さすがはユスティね。――我を癒し浄化せよ。ピュリファイド」

 ルナレイアは豚に触られたのが気持ち悪かったのか、魔法を使って身を清めた。

「汚い腕で触らないでくださる?」
「な、この、くそ……」

 豚は言葉が出ないようだ。

「ちなみにこの件で騒いだら君の地位、全部潰してあげるから。さ、行こう。ルナレイア、レイ」

 三人は身を翻して、出て行った。受付に寄り、報酬金を受け取った。

「ルナレイア、大丈夫だった?」
「大丈夫ではないけれど、もう浄化したし、きっと大丈夫。あんな貴族、ここにもいたのね」
「滅多にいないんだけどね。運が悪かった……と思うしかないね。もうこの街を出ようか。あんなことがあったら、長居はできないし」
「そうしましょう」

 ラナリーとシドに心配をかけてしまった。ルナレイアは少し反省した。
 場車に乗り込み、街を出る。

「次からはユスティがついて行ったほうがいいな。その方が危険はない」
 シドはぽつりと、そう言った。

「そうね、そうするわ。お願いできる?」

 ユスティはもちろん、と頷いた。公爵家当主のユスティに逆らえる貴族などいないのだ。

「初めての街だったのに、散々な目にあったわ」

 ルナレイアはため息をついた。

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