第二章 ―― 02

 五人を乗せて、馬車は進む。王都を出てからここまで、道のりは平和なもので、魔物に一度も出会わなかった。

「ねえユスティ、最終的には、魔王の居場所ってどのあたりなの?」
「辺境のフェアファレンっていう街の近くの森の中、みたい。行ってみないとよくわからないね」
「そこまで行くのに、普通はどのくらいかかるの?」

 ユスティは考えた。計算しているようだ。

「だいたい三ヶ月くらいかな。途中の街や村に宿泊くらいで、馬車で急いでもだいたいそのくらい。僕たちは魔物も狩ったりするし、ほかにも浄化とかするかもしれないから、三ヶ月じゃ無理かもしれないね」
「そう。でも思ったより短くて良かったわ」

 ルナレイアが前回旅をしたのは約二年ほど。それにくらべたら三ヶ月など短いものだろう。

「ルナレイア、浄化ってなに? しんせい魔法?」
「そうよ、神聖魔法。詠唱はしたことある?」

 ルナレイアによる、レイのための神聖魔法の講義が始まったようだ。

「いちどだけ、ある。でも成功しなかったから、それからやってない」
「そう。神聖魔法は、三つに分けられるの。まずひとつめ」

 ルナレイアは指を立てつつ言う。

「浄化する呪文。例えば、浄化せよ、とか清めよ、とかそういうものね。あと毒を祓う呪文。これも浄化せよ、なのよね。浄化する呪文は我を、とかだけれど、毒を祓うのは彼のものの身を蝕む毒を、とかなの。長いから覚えるの大変よ。それからふたつめは、魔物を退けたりする呪文。これはたくさんあるから、やりながら覚えていきましょう」
「うん」
「これから一緒に練習していきましょう。……みっつめは複合の呪文。わたくしが豚貴族に触られた時につかった呪文のことよ。光魔法と神聖魔法を一緒に唱えるの。これは難しいわよ」
「がんばる」

 レイはむん、と気合を入れた。呪文は三つの意味で構成されている。○○を△△せよ、□□。この○○が主語、△△が述語、□□が主題だ。どれかひとつでも間違えると魔法は発動せず、失敗する。

「話している最中すまない、魔物らしきものがいるようだ」
「説明は終わったから大丈夫よ。あとは実践するだけ。警戒が必要な魔物なの?」
「いや、ラナリーだけでも大丈夫だろう。猪の魔物のようだ」

 シドにいきなり名指しされたラナリーは驚き、抗議する。

「え、なんであたしなの?」
「昨日も今日も鍛錬していないだろう。あまり怠けていると、体が鈍るぞ」
「ちぇー。じゃあ行ってくる」

 言うが早いか、ラナリーは走っている馬車から飛び出した。危なげなく着地し、魔物がいるらしき方へ向かう。

「馬車はこのまま進めて構わない。ラナリーなら追いつくだろう」
「そうなの? 大丈夫かしら」
「新人の有望株なんだ。問題ない」

 ラナリーはもう馬車から見えなくなっていた。戦闘音も少ししか聞こえず、ルナレイアは心配になってきてしまった。

「本当に大丈夫?」
「問題ない」

 シドにすげなくあしらわれる。ハラハラしながら見守っていると、やがてラナリーは走って帰ってきた。肩に大きな猪を担いでいるようだ。

「ちょっとくらい、待ってくれても、いいでしょう!」

 出た時と同じように馬車に飛び乗ったラナリーは、肩で息をしていた。結構厳しかったようだ。

「ラナリー、お疲れ様。――彼のものを癒せ、ヒール」

 すかさずヒールをかけたルナレイア。レイがジト目で見ていた。

「次からは、わたしがやる」
「あ、そうね。つい癖で」

 ごめんなさい、と謝るルナレイア。レイは頷いた。

「ありがと、ルナレイア。……この魔猪、血抜きをしながら走ってきたからもう解体しても大丈夫だと思うわ」
「そうか、では解体しよう。ラナリーはできるか?」
「当たり前じゃない」
「ならばいい。今回は私がやろう」

 シドは手際よく魔猪の買いたいを進める。馬車は走っているというのに、器用なものだ。

「皮はルナレイアの魔法鞄にいれて欲しい。肉は食べよう。日持ちするものではないし」
「ええ、わかったわ」

 そろそろ陽も落ちてきた。リベルティでは何も食べなかったため、ルナレイアは少し早めの夕食にすることに決めた。

「馬車を停めて、夕食にしましょう。いい場所はあるかしら」
「この辺だとどこも一緒だね。適当に停めてしまおう」

 ルナレイアたちは馬車を停め、外に降り、野営の準備をする。

「今日はこの辺で野営しよう。まだ明るいけど、早めに進めようか」

 ユスティの言葉に他の四人は返事をした。魔法鞄からテントを取り出し、設置する。簡易料理器具も使えるようにした。

「わたくしが料理をするわ。ラナリー……は、料理、できないのだったかしら」
「え、あ、うん。どうして知ってるの?」
「向こうの世界のラナリーが壊滅的な料理の腕だったからよ……」

 遠い目をしながらルナレイアは言う。それほどまでに、ラナリーの料理はひどかった。王妃になるなら必要ないから、練習はしなくても問題ないだろう。

「ではレイ、シド、手伝ってちょうだい」
「わたし、したことないけど」
「知っているわ。やってみたことがないのだから、やってみましょう。料理も楽しいものよ」

 ルナレイアは微笑み、レイに言った。レイは頷き、シドとともに簡易料理器具の周りに集まった。
 ユスティは風の魔法を使い、匂いが外にあまり漏れないようにした。

「と言っても、切り分けて焼くだけなのだけれど」

 レイに包丁を渡し、切らせる。あぶなっかしい手つきではあるが、もし切ってしまったとしてもいい教訓となるし、一瞬で治せてしまうから問題ないだろう。

「では私は火を付けよう。あ、いや、ユスティに頼んだほうがいいな」

 シドはユスティを呼び、火をつけてもらった。

「火の魔法使いがいると頼もしいな。いないと手で火をおこさねばならないところだった」
「そうなの? 簡単に火がおこせるものとかは?」
「ない」

 魔法使いがいると、技術が発展しないという弊害がある。魔法に頼りきってしまって、魔法に変えられるものを作る人は、なかなかいないのだ。



「さ、できたわよ。魔猪の串焼き。味付けは塩と胡椒だけだけれど、美味しいわよ」

 簡易料理器具のなかに、鉄串も入っていたのでそれに肉を刺し、焼いたのだ。

「おいしそう」

 ラナリーが焼けた端から食べていく。あっという間になくなりそうだ。

「これじゃあ魔猪くらいの大きさなら、二頭くらいは欲しいわね。足りなかったら野菜を食べるのよ」
「うぐっ」

 野菜という言葉を聞き、ラナリーは噎せた。苦しそうだ。それを傍目に、レイは喜んでいる。

「野菜、たべる」
「ええ、わたくしたちは野菜を食べましょうね。でも、お肉も少し食べてちょうだい。ちゃんとおいしいわよ」

 ルナレイアはレイが肉を嫌う理由を察していた。だが何も言わず、少しくらいは、と食べさせる。

「わかった」

 レイは魔猪の肉を口に運んだ。まずいかと思いながら口に入れたが、案外美味しかったようでレイの顔が少しほころんだ。

「おいしい」
「でしょう。魔猪のお肉は美味しいのよ。ラナリーがちゃんと血抜きをしてくれたおかげで臭みもないし」



 夕食を食べ終わると、見張りをどうするか話し合うことにした。

「見張りは僕とラナリー、それからシドで交代しながらしよう」

 ルナレイアとレイは魔物から身を守るすべはあっても倒すすべはない。見張っていても足でまといになるのだ。

「ごめんなさい。ありがとう。そのかわりに夜寝る前と朝、ヒールをかけるわ」
「わたしも」

 構わない、と三人は首をふった。それに、ヒールをしてくれるなら多少寝なくても問題なく体は動くのだ。

「では最初はラナリーだな。そのあとに私、ユスティだ。異論は認めん」
「いいの? 真ん中ってつらいでしょう」
「慣れているから大丈夫だ」

 ラナリーとユスティは何度か変わろうかと聞いたが、シドは頑として首を縦に振らなかった。何かこだわりでもあるのだろうか。

「じゃあ、お言葉に甘えて。ラナリーは大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
「そっか。……時間はまだあるから、ちょっとこの辺で狩りをしてきてもいい? 肉はいくらあっても足りなさそうだし」
「では私も行こう。ラナリーはここを頼む」

 ラナリーが頷いたのを見て、シドとユスティは出て行った。風の魔法もとけてしまった。

「魔物から身を守る神聖魔法、してみましょうか。呪文は我らを守れ、主題はプロテクション、よ。我を、だと自分だけを守るの」
「わかった。――我らを守れ、プロテクション」

 レイを中心として、光が溢れた。確かに守られている気はするが、眩しい。

「レイ、魔力を込めすぎよ。あとここはこう、そっちはこうね」

 レイはむむ、と言いながら魔力の流れを調節した。

「そんな感じ。いいわよ」
「わかった」
 何かコツのようなものを掴めたみたいだ。

「ラナリー、魔法鞄開けておくから、ふたりが帰ってきたらお肉とかもろもろ、入れといてもらってもいいかしら」
「わかった」
「お願いね、わたくしは眠くなってしまったから、寝る事にするわ」

 そう言って、ルナレイアはテントに入っていった。

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