エル様にご迷惑をおかけしてしまうと怖くなり、逃げ出してから半年が経ちました。
今日、エル様とわたくしは結婚し、エル様は王位を継承されます。
わたくしはお父様と、エル様に続く赤い絨毯の上を歩きます。
幸せで涙がこぼれ落ちそうです。
「泣くにはまだ早いぞ、フィーナ」
お父様にそう言われますが、返事ができません。まだ、泣いてはいけません。
エル様の隣の前に立ったわたくしは、お父様から離れ、エル様のもとへ行きます。
「綺麗だ、フィーナ」
「……エル様も、とても格好いいですわ」
純白のタキシードに身を包んだエル様は、とてもとても格好良いです。見惚れてしまいます。
「……新郎、エルリード・フォン・イグニス。あなたはここにいるフィーナリア・フォン・レフィナーデを、病めるときも、健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
エル様に見惚れていたら、いつの間にか誓いの言葉になってしまっていました。今日は待ちに待った晴れの日なのです。しっかりしないと。
「はい、誓いま……」
す、とエル様は続けようとしましたが、教会の扉が突然大きな音をたてて開かれました。何事でしょう。
「その結婚、ちょっと待ちなさい!!!!」
どなたかと思い見ると、クリストファー元殿下の婚約者のアイリ様でした。トリリード辺境伯の領地で療養されているとお聞きしましたのに、一体どういうことでしょう。
「エル様! 隠しキャラのエル様じゃないですか! なんでこんな女と! あんた! 代わりなさいよ!」
アイリ様は私を押しのけようとしています。
「は?」
何やら低い声がしたと思い、隣を見上げたらエル様のお顔が大変なことになっておりました。般若のようです。
「フィーナに触れるな、下衆が」
今度はアイリ様のお顔が般若のように。自分が振られるとは思ってもみなかったのでしょうか。
「な、なにを……! どうして、あたし、ちゃんとルートクリアしたのよ! クリスだってほかの取り巻きたちだって大嫌いだったけど、エル様に、エル様ルートに入るためだけにこなしてきたのに……!」
るーと? さて、何やら聞き覚えがあるようなないような言葉ですが、やっぱりアイリ様が何を言っているのかわかりません。
「あ! まさか、あんた、あたしと同じなんでしょう! 悪役令嬢フィーナリア・フォン・レフィナーデ! あんたのせいで……!」
あらあら、アイリ様ったら、得意の魔法でわたくしに傷をつけようとなさっています。
「わたくしとて、公爵令嬢ですわ。舐めないでくださいまし」
アイリ様以上の魔力の塊を練り上げ、それをぶつけます。衝撃で吹き飛ばれてしまいましたが……、まあ、どうでもいいでしょう。
「どうして……、こんなはずじゃ、あたしは、ヒロインなのに……」
何やらブツブツ言っていますが、抵抗をしなくなったアイリ様を衛兵が捉えます。彼女はこのまま罰せられるのでしょう。
「フィーナ。邪魔が入ってすまない」
「いいえ、エル様のせいではありません。気になさらないでください」
にっこりと微笑んで、神父に式を再開するように目で促します。
「こほん。……新郎、エルリード・フォン・イグニス。あなたはここにいるフィーナリア・フォン・レフィナーデを、病めるときも、健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
エル様はしっかり息を吸って、答えます。
「はい、誓います」
次はわたくしの番。
「新婦、フィーナリア・フォン・レフィナーデ。あなたはここにいるエルリード・フォン・イグニスを、病めるときも、健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「ここに、誓約は成されました。ふたりの夫婦に、神のご加護があらんことを」
ようやく、ようやくです。わたくしは、エル様と名実ともに夫婦になることができました。この日をどれだけ待ったことでしょう。
「フィーナ。行こう」
どこに? なんて、聞きません。もちろん、祝いの席。そして、初夜を迎えるのです。
エル様。これからもよろしくお願いしますね。
「はい」