中編

 初めてフィーナを見たのは、殿下の婚約が内々に決まり、お披露目の準備をしていた時だった。
 殿下の隣に立つ、その毅然とした姿に、俺は見惚れたのだ。

 主君の妻となるお方なのだからと、必死で想いを隠してきた。
 殿下がアイリ嬢と仲を深めようとも、動じない。そんなフィーナを尊敬し、王妃にふさわしいと思い、好ましいと思った。
 殿下がアイリ嬢のとりこになっていても、フィーナが王妃になることは変わらないのだ。アイリ嬢は側妃で問題ない、そう思ったのだろう。事実、その通りだ。

 だが、婚約は破棄された。
 あろうことか殿下はアイリ嬢の言うことを鵜呑みにし、フィーナに謝罪をしろとのたまったのだ。
 フィーナはそれを跳ね除けた。そういう姿も、好きだと思う。

 なにはともあれ、婚約は無事破棄され、殿下は廃嫡された。
 俺はフィーナに婚約を申し込むなら今だとは思ったが、怖くて申し込めなかったのだ。
 情けないと自分でも思った。が、驚くことにフィーナから婚約を望まれた。
 喜び勇んだ俺は、その婚約を受け入れた。


 初めて間近で会ったフィーナは、本当に美しかった。プラチナブロンドの髪に、サファイアのような瞳。ぷっくりとした血色のいい唇。なにもかもが、美しい。こんなにも美しい人が俺の妻になるなんて、と、喜びをかみしめた。

 信じられなくて、俺は聞いた。なぜ婚約を持ちかけたのかと。フィーナの家も公爵家だ。家柄は釣り合っている。それだけの理由でも問題はない。だが、フィーナの気持ちを聞いてみたかった。

「簡単なことです。わたくしは、貴方様をお慕いしております。殿下の傍にいた、エル様に」

 フィーナが、俺を好きだと、そう言ってくれた。じわじわと顔に熱が集まるのがわかる。俺の顔は今、真っ赤だろう。
 だが、フィーナだけに言わせたままでは男がすたる。俺も言わなければ。

「……俺も、あなたのことが好きだ。フィーナ。殿下の隣に立っていたあの頃から、ずっと」

 そう告げると、フィーナの顔も次第に真っ赤に染まっていく。俺たちはお互いに顔を真っ赤にしながら話した。

 そして、話しているうちに、フィーナに血の秘密を教えられた。
 三国の王族の血を引くフィーナ。その息子ともなれば、王座を狙うことも可能だ。だが、そうなると戦乱の世の幕開けだ。俺たちふたりの間に、子は望むことはできない。
 残念ではあったが、仕方のないことだ。



 婚約から半年が経った頃。なんと、陛下に次期王になれ、と言われた。
 もちろん最初は断ったが、断るとフィーナとの婚約を破談にすると言われ、しぶしぶ受けることにした。
 王太子になることが決まった、そんな頃。

 フィーナが、いなくなった。

 俺の隣で、王太子妃に、王妃になるのは嫌だったのだろうか。
 確かにたかだか公爵家嫡男である俺には、王位は重い。重いなんてものじゃない。
 だが、それでフィーナが手に入るのなら、それで構わないと思った。

 フィーナを手に入れるためならば、苦労は惜しまない。

 前と違って、手の届くところにいるのだから。


 とにかく俺は、フィーナを探した。
 探して、探して、探して、フィーナを見つけた。フィーナが見つかったのは、レフィナーデ公爵領の小さな森の中、こじんまりとした小屋だった。

「フィーナ」

 呼びかけると、びくりと肩を震わせる。

「エル、様……」

 なぜ見つかったのかと、呆然とするフィーナ。ここは公爵領。領民でも滅多に立ち寄らず、本来なら俺が立ち入れる場所ではない。だが、養父上にお願いして、特別に計らってもらった。

「フィーナ、帰ろう。俺は王になる。そして、君を貰い受ける」
「……わたくしのせいで、エル様の道を決めてしまいたくはありません。わたくしは、エル様の重荷になっているのではないですか」
「そんなことは……」

 ごまかそうかとも思ったが、ごまかしたところでフィーナが納得しないと考え、本音を言うことにする。

「もちろん、王になるというのは、重いことだ。公爵家嫡男として教育はされてきたが、所詮その程度。民の命を背負うなどということは、本当はやりたくない。でも」

 迷わずに、言い切る。

「俺はフィーナが欲しい。重荷を背負うことになる。だが、それでも君と、添い遂げたい。フィーナ、君が欲しいんだ」
「エル様……」

 フィーナは目を潤ませ、泣きそうになっている。

「わたくしも、エル様をお慕いしております……。このようなことをしてしまって、申し訳ございません。わたくしに流れる血を、何度憎いと思ったのかもわかりません。ですが、わたくしも、王妃というものを背負おうと思います。背負っても、それでもあなたと」

 よかった。わかってくれた。フィーナに逃げられた時、本当に困った。ようやく手に入れられたと思ったのだ。俺はもう、フィーナを手放す気はない。

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