第二章 ―― 06

 魔力と気力を使い果たしたシドとユスティは、教会へ運び込まれた。
 教会のベッドに寝かせられたふたりを見て、ルナレイアは苦笑した。

「教会にこもらずにわたくしも前線に出れば良かったわ。レイひとりでもここは任せられたもの」

 ルナレイアが攻勢に出ていれば、シドとユスティが魔力の枯渇で倒れることはなかっただろう。魔物たちももっと早く片付いたかもしれない。

「守りもたいせつ。それに、わたしだけだと何かあったときに対応できないかもしれない」

 レイがぼそっと言った。

「守りも大切……か。それもそうね。でもレイ、あなたひとりでもなんとかなったと思うわ。成長しているもの。……そういえばラナリー、ユスティの魔法に耐え切ったモノがいたの? 猛烈な魔力を感じたのだけれど」
「……うん。なんだかわからないけど、黒いゴブリンたちがいた。ユスティの全力の魔法にも耐えてた。シドが倒したのは黒いオーガキング。あたし、黒い魔物なんて初めて見た」

 その言葉に驚くルナレイア。向こうの世界にも、黒い魔物たちがいた。そして気づく。その黒い魔物は神聖魔法でしか倒せなかったことに。

「……ラナリー、その黒い魔物たち、本当に倒せていたかしら」
「え、うん、たぶん。もう動いてなかったよ?」

 ラナリーの言葉で、ルナレイアは教会を飛び出した。黒い魔物に止めを刺さないと、魔物たちは生き返る。

――どうしてわたくしは、気付かなかったの。

 後悔しながら、先ほどユスティたちが戦った場所へ駆け抜けた。


***


 黒い魔物たちはやはり蘇っていた。そして、街までもう少しというところまできていた。

 焦燥感に駆られたルナレイアは、神聖魔法をぶっぱなす。

「聖なる光よ! 我の敵を消滅させよ! イレイズ・セイクリッド・アローレイン!」

 光の矢が黒い魔物たちに襲いかかる。突然のことに対応できなかった魔物たちは、そのまま消滅した。

「はっ……はっ……、よかった……」

 ルナレイアは胸をなでおろした。あと少しで、この街を守りきれないところだった。

「ルナレイア!」

 後ろからラナリーとレイが追ってきていたようだ。そして、黒い魔物がまだ生きていたことに驚いていた。

「いきなり教会を飛び出すからびっくりしちゃったよ……。それよりこいつら、まだ生きてたんだ」
「いいえ。わたくしが知っているものと同じなら、生きていたのではなく、最初から死んでいたわ。偽りの魂を付与され、そして動いていた。だから黒かったの」

 ルナレイアは黒い魔物がどんなものなのか思い出していた。あちらの世界で戦ったことがある。それはそれは厄介な魔物たちだった。神聖魔法も、そのために作り出した。

「ルナレイア、さっきの魔法は?」
「先ほどの魔法は、わたくしが創った魔法よ。イレイズ・セイクリッド・アローレイン。普通の浄化魔法では倒せなかったので創ったのです」

 あれは本当に大変だった。何度も何度も起き上がる黒い魔物たちを勇者たちに足止めしてもらい、ようやく創った魔法だった。

「こんど教えて欲しい」
「ええ、もちろんです。とはいえ、先に光魔法の攻撃系の呪文から覚えないといけませんけどね」

 道中魔物を狩る時に教えましょう、とルナレイアは続けた。この魔法は普通の魔物を倒すこともできるのだ。レイはそれに頷き、三人は教会へ戻ることにした。


***


 教会へ戻ると、ユスティとシドが目を覚ましていた。

「いやあ、僕の全力の魔法を受けても死なない魔物なんて、初めて見たよ」
「……ユスティさまの全力の魔法、ですか?」

 ルナレイアはあちらの世界でユスティの全力を見ていた。だが、今回の魔力の大きさから言うと、あちらの世界で見たものより大きな魔力が使われていたような気がした。

「うん、風と水の二段詠唱。成功するかは微妙だったけど、やらないとシドとラナリーが危なくなるかと思って使っちゃった。おかげで魔力はからっぽ」
「あの伝説の二段詠唱、ですか。さすがユスティさまです」

 立ち寄った村で、一度だけ耳にしたことがあった。あちらの世界のユスティは使えなかったが、こちらのユスティは使えるらしい。少しだけ歳を重ねているのもひとつの原因だろうか。

「でもそんなに役に立てなかったみたいだけどね。あの魔物、魔法耐性高すぎじゃない?」
「……ユスティさま」

 ルナレイアは黒い魔物について知ってることを話した。

「それから、あの黒い魔物たちには魔王の守護がついているのです。だから魔法がなかなか効きません。効果があるのは、神聖魔法のみなのです」
「そっか、じゃあ今度からスタンピードがあるときはルナレイアにも前線に出てもらわないといけないね。で、レイも神聖魔法が使えるようになったら、ルナレイアが教会に、レイが前線に、って感じかな」
「そうなりますね。……シドは大丈夫ですか? 一応ヒールはかけましたが、痛むところはありませんか?」

 ずっと無言でいたシドを心配したのだろう。ルナレイアが声をかけた。

「問題ない。だが、やつらがまだ生きていたとは思わなかった。ルナレイアが気づかなければ、今頃……」
「あの魔物たちはそもそも死んでいます。倒したあと、気づかないのは仕方ありません」
「いや、倒したと気を抜いて失神するなど、騎士としてあるまじき失態だ。すまない」

 シドは頭を下げ続ける。後悔してもしきれない、ということだろうか。

「反省はしても構いませんが、後悔はしないでください。後悔したって、先には進めないもの。次から気をつければいいのです」

 ルナレイアの言葉に、ハッと頭を上げるシド。

「それもそう……、だな。ありがとう、ルナレイア」
「わかればよいのです」

 ルナレイアは満足そうににっこりと微笑んだ。

「では、わたくしたちはギルドマスターに報告してまいります。おふたりはそこで休んでいてください」
「わかった」

 まだ魔力が枯渇しているユスティとシドにそう言い、ルナレイア、レイ、ラナリーの3人はギルドへ向かった。
 道中、街を見て回ったがスタンピードなどなかったかのように賑わっていた。ルナレイアたちは、この街を守れたのだ。

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