朝、ルナレイアは目を覚まし、ラナリーとレイを起こし、朝食をとった。
「ねえ、ルナレイア、今日は何かするの?」
「旅の準備をしたいの。買い物に行きたいのだけれど、ついてきてくれる?」
もちろん、とラナリーは頷いた。
「でも、3人で行っちゃってもいいのかな?」
「一応ユスティたちには言う予定よ。レイも行くでしょう? 城下町」
「じょうかまち?」
よくわからなさそうな顔をするレイ。孤児院などには行ったことがあるだろうに、城下町には連れて行ってもらえなかったのだろう。
「そう。たくさん人がいるし、いろんなお店があるわ。楽しいわよ」
「でも、教会のひとたちが……」
「教会の人たちなんて、もう口を出せないわ。わたくしたちは、陛下の勅命で魔王を討伐しに行くのだもの。あなたが行きたいか、行きたくないか、それだけ教えて頂戴」
レイは一瞬の逡巡の後に、頷いた。
「いく」
「わかったわ。じゃあ、ユスティに聞いてから行きましょう」
ルナレイアたち3人は、出かける準備をしてから、ユスティの部屋に行った。
ユスティとシドは、昨日の酒のせいで二日酔いになっているようで、3人に任せるから行ってきて欲しい、とのことだった。城下町に降りる許可証とお金を貰い、3人は、歩きながら喋る。
「二日酔いくらい、光魔法で治せるけど、今後こんなことがあっても困るから、治さないでおきましょう」
「どうして?」
レイが、わからない、という顔でルナレイアを見上げた。
「旅の間でお酒を飲んで、二日酔いで体が動かずに魔物にやられる、なんてことがあったら大変でしょう?」
「どういうこと? まものってなに?」
「レイ、魔物のこと知らないの?」
信じられない、と、レイを見るラナリー。ラナリーが所属する近衛隊は、訓練で魔物を討伐しに王都の外に出ることがある。訓練として、魔物討伐部隊に参加させられるのだ。魔物討伐部隊、それから冒険者によって、この国は守られている。
「だれも教えてくれなかった。まおうが出て、人間たちをこんとんにおとしめる? から討伐しないといけない、とは言われたけど、どういうことなのかよくわからない」
「そうね、わたくしもそうだったわ。……魔物というのはね、魔素を取り込んで、凶暴化した動物たち、あるいは、その魔物から生まれたモノのことよ。魔物たちは、人間を襲ったり、動物を襲ったりするから、冒険者と呼ばれる人たちや、お城の兵士たちが討伐するの」
「冒険者?」
「依頼で魔物たちを討伐したり、討伐した魔物の皮などを売って生活している人のことよ。ねえラナリー、わたくしたちも冒険者として登録してしまったほうが、楽なのではないかしら」
ルナレイアが以前旅をしていたときは、冒険者になるという選択肢はなかったが、今回はなってもいいだろう。
「そうね、そのほうが資金的にも楽になりそう」
「そうよね、安い宿に泊まらなくて済むわ。王宮からの支援だけに頼っていると、どうしても宿代や食費は節約しないといけなくなってしまう」
「冒険者」
レイは、未知なる冒険者に自分がなることを想像して、目を輝かせている。
「依頼で光魔法を使うこともあるでしょうし、楽しみだわ。旅が楽しみだなんて、はじめてよ」
「たのしみ」
「楽しみね」
3人は笑いあった。
話しながら歩いていたが、ようやく城門についたらしい。脇には門番が立っている。
「近衛騎士団員、ラナリー・シルヴァーンです。こちらは聖女のおふたり。通していただきたい」
「許可証を」
門番に許可証を渡し、通してもらった。
「これが、まち……」
レイは呆然と、城下町を眺めた。初めて見る景色、たくさんの人、建物……。全てが真新しかった。
「さ、行きましょう。わたくしがレイの左側、ラナリーが右側よ。レイ、はぐれないように、手をつなぎましょう。絶対に離してはだめよ」
声をかけられ、ハッと我に戻ったレイ。
「わかった」
三人は歩き出した。
「ラナリー、案内をお願い」
「任せて。まずはどこにいくの?」
「よろず屋さんかしら。一番いろいろなものが売ってあるもの」
「りょうかーい」
おどけて返事をするラナリー。レイもルナレイアも、楽しくなってきた。
「まずは旅に出るために必要なもの一式ね。きっとまとめて売ってあるでしょうから、それを買ってしまいましょう。あとは魔法鞄も」
魔法鞄とは、見かけによらず、たくさんのものを入れれる魔法がかかっている鞄だ。持つ人の魔力を使って空間が広がるため、ルナレイアやレイがもつと、なんでも、いくらでも入る。
「ごめんくださーい」
よろず屋につき、声をかける。中は閑散としていて、あまり人がいない。皆仕事中なのだろうか。
「はいはい」
出てきたのは恰幅のいいおばちゃんだった。
「あらかわいい。何を探してるの?」
「旅に出るので、旅に必要なものを一式さがしています。あと魔法鞄も。ありますか?」
「あるよ。確かこの辺に……」
おばちゃんは店の中を探し、持ってきた。
「これだ。魔法鞄の中に一式入ってるよ。非常食やテントに寝袋。簡易料理器具に魔力ポーションが10本。しめて金貨10枚だよ」
「金貨10枚? 買いだわ」
「まいどあり」
ルナレイアはおばちゃんに金貨を10枚渡して、魔法鞄を受け取り、中身を確認した。ちゃんと全部入っていたので、持ち主として登録もしておく。
「ねえルナレイア」
「どうしたの?」
レイがルナレイアに話しかけた。
「金貨ってなに?」
「お金よ。銅貨、銀貨、金貨があるわ。だいたい銅貨3枚でパンがひとつ買えるの。銅貨が100枚で銀貨1枚、銀貨が100枚で金貨1枚にあたるわ」
「金貨10枚って、たくさん?」
「そうね、たくさんよ。今日はユスティに金貨50枚ももらったから、あまり気にせずに使えるわ。宮廷魔術師って、稼げるのねえ」
しみじみと、ルナレイアは呟いた。前の世界のユスティはまだ、ただの宮廷魔術師候補で、ここまでお金を持っていなかった。
「次は冒険者登録をしてしまいましょう。シドとユスティはもう登録してあるでしょうし、もしかしてラナリーも登録しているかしら」
「うん、あたしはもう登録してるよ。討伐部隊で討伐するから、その換金のためだね」
ラナリーの道案内で、冒険者ギルドに向かった。冒険者ギルドとは、街ならひとつはある、冒険者のための組織だ。普段は冒険者のために依頼を集め、冒険者のために公開し、魔物の素材を買い取り、お金を払う。街の冒険者ギルドは通信の水晶で連携を取り、魔物の襲撃がいつあっても困らないように、備えている。
「ではやはりわたくしとレイだけですわね。聖女という見た目だけで大丈夫かしら」
「大丈夫だよ、あたしもいるし、ユスティとシドの推薦もある。問題ないよ」
「そう、なら大丈夫ね」
冒険者ギルドに着き、中に入る。入って正面に依頼が張り出されているボードがあり、右側に買取口、左側に受付だ。昼間だからか、あたりは閑散としている。
「この2人を冒険者として、登録したいの」
「かしこまりました。推薦状などはありますでしょうか」
受付は、緑がかった髪をしたお姉さんだった。
「あたしは赤カードのラナリーよ。銀カードのユスティとシドの推薦状もある」
「ありがとうございます。確認させていただきます」
ラナリーは自分の冒険者カードと、ユスティから預かった紹介状を受付のお姉さんに渡した。お姉さんは奥へ引っ込んだ。上の人に確認するのだろう。
「ねえラナリー」
「なに?」
「ランクってなにかしら」
「冒険者ギルドは知ってても、それは知らないのね。カードっていうのはね……」
ラナリーの話によると、冒険者たちは自分の個人カードをもっている。いわゆる冒険者カードというものだ。魔法のカードに血を一滴垂らすと魔力が登録され、個人の受けた依頼や犯罪歴などが記載される。その際、カードの色が冒険者のランクを示すのだ。
黒は見習い、紺が新人、青が駆け出し、紫が一人前、赤が一流、銀がベテラン、金が英雄だ。
近衛騎士団や、魔物討伐部隊などは基本的に紫か赤に振り分けられる。そもそもそのくらいの技量がないと所属できないのだ。
「じゃあ、ラナリーの赤カードってすごいのね」
「そうでもないよ。金はもちろん、銀も頑張っても上がれそうにないし」
そうなの? とルナレイアは問いかける。
「まだ登録して2年も経ってないし、仕方ないよ。あ、受付のお姉さん帰ってきたよ」
言われてみてみると、受付のお姉さんは真新しい白い冒険者カードと思われるものを持っている。
「お待たせいたしました。確認が取れましたので、おふたりの登録をさせていただきます。こちらのカードに血を一滴垂らしていただけますか?」
「わかりました」
ルナレイアとレイは、言われたとおりカードに指を借りたナイフで傷つけ、血を垂らした。カードは青色に染まった。ふたりはヒールで指先を治した。
「おふたりのランクは青になります。推薦とはいえ、軍隊でもありませんので、ご了承ください」
「ま、妥当だね、ランクの説明やギルドの説明はあたしがするからいらない。登録してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます。依頼は受けていかれますか?」
「いいえ、見るだけにしておく」
「かしこまりました」
受付から離れ、依頼を見に行った。
「これが受付ボード。大抵の冒険者ギルドは、入ってすぐにボードがあるよ」
「話には聞いていたけれど、こんなに依頼があるものなのね」
「まあ、他国のもあるし、ここは王都だから。辺境に行ったらあんまりないかな」
すごい……、と呟くルナレイア。レイもまた、驚きで目を見開いていた。
「そういえばレイって、字、読めるの?」
「よめる。ちゃんと教えられた」
レイは教会で、作法からなにから叩き込まれている。もちろん、文字もその中に入っている。
「じゃ、見学はこれくらいで。次はどこに行くの?」
「食料でも調達に行きましょうか。魔法鞄に入れておけば腐ることはないし、あっても困らないでしょう」
「わかった」
3人は冒険者ギルドを出て、食料調達をすることにした。