第一章 ―― 15

 フォルカを誘い、部屋に戻ったユスティは、お酒の準備をすることにした。いつもは飲まない、秘蔵の酒を、今日は出すことにした。
 ミスティオ公国の15年ものの、「復活(レスティオーネ)」、フェストリカ王国の30年ものの「月の光(ルーナ・リヒト)」、メルフェ皇国の20年ものの、「希望(エルピス)」。これらは希少価値が高くて、もったいなくて飲めなかったのだ。今日ならもう、飲んでいいだろう。
 準備をしていると、コンコンと、扉がノックされた。

「どうぞ」
「来てやったぞ」

 現れたのは、シドだった。レイを送り届けてきたのだろう。

「陛下はどうだったんだ?」
「来てくれるって。送迎会みたいだね」

 僕たちが旅に出る前の、と、ユスティは言う。

「やめろ、縁起でもない。お前たちは、私が守る」
「僕は守られるほど弱くないよ。僕よりも、女の子たちを守ってあげて」

 それもそうだ、とシドは頷いた。この国一番の魔法の使い手である、宮廷魔術師ユスティにかなうものなど、それほどいない。

「特にルナレイアは、危なっかしいからね」
「そうだな。レイも危なっかしいぞ。あのふたりは本当に似ている」
「うん、どちらもかわいいよね」
「ああ。美しいし、かわいい」

 ユスティは、シドの顔を見た。変なものを食べた様子はない。

「ねえ、君がそんなことを言い出すなんて、もしかして、ルナレイアに惚れちゃった?」
「……そうだな。待て、こういうことは酒が入ってからにしよう。恥ずかしくて話せたもんじゃない」
「わかった」

 素面でこんな話など、できるわけがない。ユスティもそう思い、頷いた。そんな話をしていると、またもや扉がノックされた。

「よう」
「お疲れ様、フォルカ」

 現れたのは、フォルカだった。今日は、3人で飾らない話をしたくて、侍女や護衛たちには下がってもらった。

「お、メルフェ皇国のエルピスじゃねえか。これ、飲んでいいのか? しかも20年ものだぞ?」

 そう言いながら、3人分のお酒を注ぐフォルカ。お酒を飲みながら、話をする。

「うん、構わないよ。もしお酒が飲めなくなったとしても、後悔がないように飲んでしまいたいんだ」
「辛気臭えこと言うんじゃねえよ。お前たちは全員無事に帰ってくる。そんな気がする」

 レスティア王国の王族には、不思議な力がある。それは、未来を予知する力だ。王家の主であるフォルカも、その力を宿していた。

「それ、未来予知?」
「そうだ。お前ら4人が無事に帰ってくる様子が、はっきり見えた」
「4人? 待て、私たちはルナレイア、ラナリー、レイ、ユスティ、私、の5人で旅をするんだぞ。無事じゃないじゃないか」

 おかしいな、とフォルカは言った。だが、本当に4人だったのだ。朗らかに笑って王都に帰ってくる様子を、夢の中で見た。その中でいなかったのは――。

「ちびっこ聖女だ」
「……レイ?」
「ああ、あいつがいなかった。だが、4人とも笑っていたんだぞ。1人でも死んでたら、あんな顔はしねえ。もしかしたら、なにか事情があって先に教会にでも行ってるのかもしれないな」

 考え込むユスティ。

「そんなに深く考えんなよ。考えてもわからねえだろ? そんなことより、話したいことがあったんじゃないのか?」
「あ、そうだった。ねえシド。君はルナレイアのことが好き?」
「ああ、好きだ」

 間髪入れずに答えるシド。相当好きになってしまったようだ。ユスティは目をとじて、しばらく黙った。

「――あのね、シド」
「なんだ?」
「僕も、ルナレイアのことが好きなんだ」

 目を瞠って驚くシド。フォルカは驚いた。自分の友人であるユスティとシドが、どこの馬の骨ともわからないルナレイアに惚れたと言うのだ。

「は? お前ら、ふたりともルナレイアのことを?」
「うん、そうだよ。そうならないといいなって思ってたけど、やっぱり僕とシドの好みは似てるね。ライバルになっちゃった」
「そう……だな。相手がお前だとしても、私は譲る気はない」

 ふたりの間を、バチバチと、火花が散った。

「あ、足を引っ張るのはなしだよ。誰にも死んで欲しくないから」
「誰に言っている。当たり前だ」

 憤慨したような態度を取るシド。それに対し、ユスティは素直に謝った。

「ごめんごめん、冗談だよ」
「……まあいい」

「そういえばお前ら、どうしてルナレイアを好きになったんだ?」

 その質問を待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせた2人。フォルカは、嫌な予感がした。魔法の理論を語るユスティの目になっている。いや、それ以上かもしれない。

「聞いてよフォルカ! ルナレイアのあの笑顔の美しさ……。それに、こちらに来たばかりで不安げなあの顔! 僕の顔を見て安心したように微笑むルナレイア! いや人違いだったんだけどさ」
「そうだぞフォルカ。ルナレイアの美しさは、ほかの女性の比ではない。団長の頼みなど、いつも面倒なことばかりだから断ろうかと思っていたのだが、断らなくてよかった」

 随分速いペースで飲むな、とフォルカは少し心配していたのだが、杞憂だったようだ。自分は今日は、この酔っぱらいたちに絡まれるのだろう。そして、ずっとルナレイアの魅力とやらを聞かされるのだ……。

 頭が痛くなってきたフォルカだった。

inserted by FC2 system