第一章 ―― 11

 団長室の前に着き、扉をノックした。

「どうぞ」

 渋い男の声だった。扉を開き、部屋へ入る。
 部屋の中には、団長と思われし赤髪の男と、ラナリーがいた。ラナリーは、今日もピンク髪をツインテールにしている。

「はじめまして、聖女の嬢ちゃん。俺は近衛騎士団長のレイド。レイド・アスティールだ。よろしく頼む」

 30代後半に見えるその男は、聖女であるルナレイアを、少しだけ威圧した。
 だが、ルナレイアは怯まなかった。このくらいで怯んでいたら、勇者の仲間など務まらないのだ。

「ほう。これは失礼したな。許してくれ」
「いいえ、問題ありませんわ。はじめまして、レイド団長。わたくしは、聖女、ルナレイア・リュミエールと申します。よろしくお願いしますわ」

 にっこりと微笑んで、綺麗な礼を披露した。ルナレイアが知る、リュミエール王国騎士団の、最上の礼だった。

「こりゃまいった。まさか聖女の嬢ちゃんがそれを知っているとはなあ」
「聖女、と呼ばれるのはあんまり好きではありません。どうか、ルナレイアとお呼びいただけませんか?」
「ああ、わかった。ではルナレイア。本題に入ろう」

 レイドの顔つきが変わった。

「ラナリーには、どこまでお話されていますの?」
「ルナレイアが聖女であること、別の世界から来たこと、魔王の活発化くらいだ。ちなみに俺は、別世界など信じていない」
「そうですか。別の世界については、まだ信じていただかなくて結構ですわ」

 唐突にそのようなことを聞かされて、はいそうですか、などと頷けるはずがない。信じてくれたユスティは、得がたい人なのだ。

「では、ラナリー」
「ひあっ」
「どうしたの、そんなに驚いて」
「いや、あの、あたし、ルナレイアのことを呼び捨てにしたりして、本当に良かったのかなあと思って」
「大丈夫、罰せられたりはしないわ。わたくしがいいと言ったのだから、当たり前でしょう」

 ラナリーは、ほっと息をついた。ルナレイアの話を聞いた時から、不安だったのだろう。

「よかった」
「じゃあ改めて。わたくしに、魔王を討伐する旅に、付いてきて下さる?」
「もちろんよ。いいでしょう? 団長」

 レイドは苦い顔をして首を振った。

「いや、だめだ。と言いたいところだが、条件付きで承諾する」
「ど、どうして?」
「前衛がお前一人なんて、どうかしてる。後衛は聖女様とルナレイア、ユスティだってんのに、おかしいだろ。最低でももうひとり誰か付けたいところだ」

 それもそうだ、と、ルナレイアは思った。前衛がラナリー1人に対して、後衛はユスティ、レイ、ルナレイア。3人もいる。

「そうだな、副団長を連れて行け。あいつは頭もいいし、腕もいい。ついでに、ユスティとも仲がいい。本当なら俺が行きたいところだが、陛下に止められたからな」
「かしこまりました。ではそうさせていただきますわ」
「じゃ、決まりだな。副団長のシドを呼んである。もうすぐ来るだろう」

 そう言うと、タイミングよく、コンコンと、ドアがノックされた。

「お、来たか。入れ」
「失礼します」

 入ってきたのは、青い髪をした、長身の男性だった。年の頃は、20代前半といったところか。ユスティと同じくらいだ。

「はじめまして、聖女様。私はシド。シド・ル・レインシールと申します」
「はじめまして。わたくしはルナレイア・リュミエールです。ルナレイアとお呼び下さい」
「わかりました。でしたら私のことはシドと」

 この人なら信じられる。なぜだか、そう思った。本当は不安だったのだ。レイドの勧めとは言え、何も知らぬ他人と旅をするなんて。ラナリーとユスティはあちらの世界で知っているし、レイに関しては自分と同じ存在だ。信じられないわけがない。

「これから、よろしくお願いしますね、シドさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ルナレイア様」
「様なんて、おやめください。敬語も、できればなしにして欲しいのですけど」
「では、ルナレイアさんと。敬語は許してください。このほうが喋りやすいのです」

 できれば敬語はやめて欲しかったが、そういうことなら仕方がない。ルナレイアは、許すことにした。

「それと、そいつは今からルナレイアの護衛につく。ラナリーもな。護衛のことも旅のことも、陛下には了承を得ている」
「何から何まで、ありがとうございます。ではわたくしは、このへんで失礼することにしますわ」
「ああ」

 ルナレイアは、ラナリーとシドを連れて、団長室から出た。

「さて、このあとはレイさんに会いにいくのですよね?」

 訓練所の中を歩きながら、ルナレイアはリサに訪ねた。

「はい。ですがその前に、ユスティ様のもとへ行かねばなりません。そのあとユスティ様とご一緒に、教会へ向かいます」
「そう、わかったわ」
「ねえ、ルナレイア」

 ラナリーがルナレイアに呼びかけた。シドはラナリーの気軽さに顔をしかめたが、何も言うことはなかった。

「どうしたの?」
「レイ、って、誰?」
「ラナリーは知らないのね? 教会の聖女さまよ。わたくしととても似ているけど、驚かないでね。今10歳なのだけど、その子も一緒に旅をするのよ」

 ラナリーと、話を聞いていたシドが驚いた。

「え、10歳なのに一緒に?」
「そうよ。陛下がそう決めたの。なぜだかはわからないけど、陛下が決めたならそうするしかないでしょう」
「陛下が決めたのなら仕方ないかあ。レイ様って読んだほうがいいのかな」
「どうかしら。堅苦しいのは嫌いそうだったけど、やっぱり本人に聞いてみないと」
「そっか。そういえばルナレイアに似ているって言ったけど、それ本当?」
「本当よ。髪色と目の色が同じなのはともかく、髪型も同じだし、目の形も本当にそっくりなの」
「そうなんだ。早く会ってみたいな」
「今から会いにいくわよ」

 女3人寄れば姦しいとはよく言ったものだが、気のおけない仲だと、2人だけでも姦しくなるようだ。シドとリサは蚊帳の外になっている。

「なんというか」
「似た者同士ですね」

 シドとリサは微笑みあった。そんな時。

「死ね! 聖女め!」

 ひとりの男が、短刀を振りかぶってルナレイアを斬りつけようとした。

 ラナリーがルナレイアを守り、リサはルナレイアの背中を守った。そして、シドは、男に応戦……というより、男を圧倒した。

「このような腕で、ルナレイア様を傷つけようなどと」

 シドは男の頭を剣の柄で殴り、昏倒させた。

「お怪我はございませんか、ルナレイアさん」
「ええ、問題ありません。ありがとう。それに、怪我をしても治せるから、あまり気にしなくてもいいわ。ラナリーも。それにしてもリサ、なぜあなたは私の背を守ったの?」

 ルナレイアは振り返り、リサに問いかけた。

「これはそのっ……」

 どこからこられても構わないように、構えをしていたリサは、慌ててといた。

「あの、私、ルナレイア様の護衛でもあったんです。一応、護身術は学んでおりますので」
「そうだったの? 全然知らなかったわ。ユスティさま、そんな配慮もしてくださっていたのね。お話し相手というだけではなかったの」
「はい。手練の相手では太刀打ちできないので、気休め程度ではありましたが」
「それでも、ありがとう。あと、これからもよろしくね」

 ルナレイアはリサに笑いかけた。

「あの、ルナレイアさん、こいつはどうすればいいでしょうか? 基本的には、衛兵にあずけて終わりですが」
「では、そのようにしてもらえますか?」
「わかりました」

 少し騒動があったが、一行はようやくユスティの部屋についた。

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