第一章 ―― 10

 ルナレイアたちは、部屋から出て、散策をしながら、第一訓練所へ向かった。
 歩いていると、前から、貴族と思われる男性が歩いてきた。青みがかった緑色の髪をしている。

「お父様」
「お父さま?」
「はい、あれは私の父です。宰相のヴェルトといいます」

 そんな風に喋っていると、男性もこちらに気づいたようだ。

「ん? リサじゃないか」
「こんにちは。お父様。こちらは、私が今お仕えしているルナレイア様です」
「ルナレイア・リュミエールと申します」

 リュミエールの名を聞いたとたん、宰相の顔がゆがんだ。

「リュミエールだと? バカバカしい。あの国はとうの昔に滅んだのだ」
「お父様、並々ならない事情があるのです。その名を馬鹿にするのは、たとえお父様といえど許せません」
「許せんだと? お前がこの私に許せん、だと? 馬鹿なことを言うんじゃない。だが、銀の髪に金色の瞳。聖女だというのならリュミエールの後継でも不思議ではない……が、与太話に過ぎん。とっとと失せろ」

 リサはまだ諦めるつもりはないようだ。

「並々ならない事情があると言いましたでしょう。これは陛下もご存知のことです。口さがないことを言って、後々罰を受けるのはあなたですよ。お父様」
「リサ、やめて。私は別になんとも思っていないわ」
「いいえ、取り消していただかなければ、私の気が収まりません」
「お前の主は別にいいと言っているだろう。ふん」

 鼻で笑って、立ち去っていく宰相。

「リサのお父さまって、宰相さまだったのね」
「はい、そうです。平民ですが、宰相まで上り詰めたことにいい気になってる、ただのクズです」

 ルナレイアは苦笑した。

「そういえば、父はユスティ様のことを大変気に入っており、私がユスティ様に気に入られるように努力しろ、なんて言ってくるのです。困ったものです」

 どういうわけか、ルナレイアの心に痛みが走った。よくわからない痛みに、ルナレイアは戸惑った。

「……そうなの」
「ああ、気にしないでください。父の戯言です。私はユスティ様のことなんてなんとも思っておりませんから!」

 リサは強い言葉で否定した。それでも、ルナレイアの心にささった小さな刺は、消えなかった。

「ルナレイア様、もうすぐバラ園の近くを通ります。行ってみますか?」
「まあ、行ってみたいわ」
「では、ご案内いたしますね」
 ルナレイアとリサは、バラ園に入った。

「まあ、綺麗。こんな綺麗な薔薇園、初めて見たわ」

 ルナレイアは、目を輝かせた。
 よく見ると、薔薇園には机と椅子が置いてあり、お茶会ができるようになっていた。今も、綺麗に着飾った令嬢たちが、お茶会をしていた。

「ルナレイア様。まずいです」
「どうしたの?」
「あの真ん中の方にいるご令嬢は、フェリシア・エリュトロン公爵令嬢です。年齢は18歳、筆頭王妃候補です。目をつけられると、面倒なことになるかもしれません。見つからないうちに、通り過ぎましょう。万が一見つかった場合は……」 「私がどうにかするわ。任せてちょうだい」

 ルナレイアは、王宮でぬくぬくと過ごしている令嬢のあしらい方には、地震があった。とりあえずリサの言葉通り、お茶会をしているところを迂回して、通り過ぎようとした。だが。

「まあ! まあまあまあ! このわたくしに挨拶もせず、通り過ぎようとしている方がおられるなんて、信じられませんわ!」

 やはり見つかった。フェリシアの周りの取り巻きたちは、言葉に同意して、頷いていた。取り巻きは、3人いた。
 ルナレイアは気合を入れて、貴族令嬢の仮面をかぶった。このくらい、どうとでもなる。

「……申し訳ございません。お楽しみのところ、お邪魔をしてしまってはいけないと思いましたの。ご気分を害されたのでしたら、謝りますわ」
「名前を」
「ルナレイア・リュミエールと申します。つい先日、こちらに参ったばかりですの。どうかお許しいただければと存じます。フェリシアさま」

 フェリシアは、ルナレイアが名前を言ったことに驚いた様子だった。今まで見たことも聞いたこともない家名の人物が、自分の名前を知っていた。フェリシアは優越感に浸った。

「わたくしの名前を知っているなら、まあよいでしょう。リュミエールの名を騙る聖女サマ。どうしてリュミエールの名を選んだのかしら」
「わたくしが、リュミエール王家の正統なる王女だから、ですわ」

 フェリシアは、目を見開いた。

「なんて、冗談です。つまらないことを申しました。お許し下さい。本当は、教会から与えられただけなのです」
「そう。まあいいわ。リュミエール、光という意味なら、聖女に与えてもおかしくはないとは思うけれど、特に興味はないわ。失せなさい」
「はい、失礼いたします」

 どうにかやりすごせたようだ。

「ふう。よかった、大した問題にならなくて。それにしても、薔薇園、綺麗だったわね」
「そうですね、とても綺麗でした」
「青い薔薇はまだしも、黒い薔薇なんて初めて見たわ。美しい」
「黒い薔薇は、世界中探しても、今はここでしか見れませんもの。ユスティ様が造られたそうですよ」

 ルナレイアは、黒い薔薇がどのように造られたのか、気になった。今度、ユスティに聞いてみようと決めた。

 薔薇園を過ぎ、一旦外に出ると、空気が変わった。すれ違うのは、屈強な騎士たちばかりだった。時折、少し筋肉が多い女性たちとすれ違う。
 近衛の人数は、総勢100人。ルナレイアはそう聞いたとき、驚いた。100人も必要なのだろうかと少し考えたが、よくわからなかった。
 100人のうち、女性は20人ほどいる。ただし、剣術に優れているのはラナリーくらいで、あとは侍女と変わらないことをしたり、少しだけ護身術が使えるだけのようだ。

「もうすぐ、第一訓練所に着きます」

 見えてきた訓練所は、とても大きな建物だった。城も図書館も大きかったし、この国は全体的に大きく作られているのだろうか。訓練所からは、騎士たちが打ち合っていると思われる音や、声が聞こえる。こんなに大きな建物が、ほかにもあると思うと恐ろしい。

 訓練所に入り、リサの案内に続き隊長室へ向かった。

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