第一章 ―― 08

「そういえばルナレイア、食べたい物ってある?」

 部屋へ向かいながら話すユスティ。

「そうですね、お野菜が食べたいです」
「そっかあ、じゃあ食堂、行ってみる? がやがやしてるけど、大衆的だし、女の子は多くないけど、君が混ざるのは問題ないと思う。部屋で静かに食事をするのも好きだけど、そういうのも好きなんだ。どう?」
「食堂ですか、行ったことがないので行ってみたいです。あ、でも、宿屋さんの酒場みたいなところですか?」
「うーん、まあ、そんな感じかな。お肉も野菜も、いろんなのがあるよ。これから向かっても大丈夫?」

 聞かれて考えるが、だめな理由はなかった。ルナレイアは頷いた。

「よかった。じゃあ行こう」

 ルナレイアたちは、食堂に向かうことになった。

 食堂に着いたルナレイアは、驚きで目を見開いた。騎士と思われる人たちがたくさん、食事をとっていた。屈強な男たちが多かったが、可憐な女性たちもいた。制服などではなく、私服で、これならルナレイアが紛れても問題なさそうだ。

「わあ、やっぱり今日もすごいねえ。とりあえず席を取ろうか」
「ユスティ様、こちらです」

 リサが目ざとく空席を確保し、席につけた。すぐさま給仕のものが、注文を取りに来た。

「いらっしゃいませ。何になされますか?」
「とりあえずサラダと、お肉少なめで、何か持ってきて」
「かしこまりました」

 王宮の食堂であるからか、給仕は質がいい。ユスティの言葉でも、的確に食事を持ってくるのだ。

「こんばんは、お隣、いいですか?」

 食事が運ばれてくるのを待っていると、隣から声がかかった。そちらを見ると、桃色の髪をツインテールにした、ルナレイアが知るその人より、少し幼いラナリーがいた。

「ああ、構わないよ」

 ラナリーはユスティの隣に座った。ユスティの向かい側にルナレイア、その隣にリサが座っている。

「ありがとうございます。近衛隊の新米、ラナリー・シルヴァーンです」
「僕はユスティ。ユスティ・アリスロード。こっちはルナレイア。それにしても、君がラナリー、ね」

 首をかしげるラナリー。なぜ自分のことを知っているのか、わからないのだろう。

「あたし、なにか噂になるようなこと、しましたっけ?」
「ああ、まだ聞いてないのか。上から知らされるからそれは置いといて、君、フォルカの妃になりたがってるらしいじゃないか」
「そのことでしたか。それなら、女性は誰しも憧れるものではないですか?」

 ねえ、とルナレイアに話を振る。

「ふふ、そうですね。でも、あんまり強引すぎると、嫌われてしまいますよ。ああ、わたくしは野心などありませんので、お構いなく」
「そうなの? ライバルと勘違いして損したわ。大丈夫、拒絶されるようなことはまだしていないわもの」
「そうですか。それはよかったです。応援していますよ、ラナリーさま」
「様付けなんて、寒気がするわ。ラナリーでいいわよ。ルナレイア。聖女様みたいだけど、様つけないといけないかしら」
「いいえ、ルナレイアで構いません。ラナリー」

 笑いあう、ルナレイアとラナリー。あちらの世界の影響か、それとも元来の性格ゆえか、息が合ってしまったようだ。長い付き合いの友人のように感じた。

 そうこうしていたら、料理が運ばれてきた。ルナレイアが食べたいといったサラダもある。思っていたよりも大きな器で、ルナレイアは驚いた。

「まあ、こんなにたくさん。わたくし、こんなに食べきれる気がしないわ」
「食べきれなかったらあたしがもらうわ。いいでしょ?」
「本当? ありがとう、ラナリー」

 わいわいと話しながら食事をするふたり。ユスティは蚊帳の外だ。

「ラナリーは食事、頼まなくていいの?」
「もう頼んであるから大丈夫。騎士は体が基本だから、本当にたくさん食べるわよ。驚かないでね?」

 そんなことを話していると、ラナリーの食事が運ばれる。机に並ぶ、肉、肉、肉……。野菜の姿はどこにもなかった。

「まあ、こんなにたくさん。食べきれるの?」
「もっちろん! あんまり鍛えたら王妃までの道が遠のくかもしれないけど、王妃って大変そうだし、今は体を鍛える方が一番楽しいからね。王妃になりたいっていうのはついでよ、ついで。近衛だから、陛下にはすぐに会えるしね。もちろん格好いいから好きだけど」
「あら、そうなの? てっきり王妃になりたくて仕方のない人なのかと思っていたわ。噂になるくらいだし、可愛いし」
「ありがと。でも旦那様より強い妻なんて嫌でしょ? だから悩み中なのよね」

 やっと口を挟めるとでも言うように、ユスティが口を開いた。

「でもフォルカ、すごく強いよ。それこそ近衛隊長とちゃんと戦えるくらいに」
「えっ、そうなんですか? あんなに強い隊長に守られてるくらいだから、そんなに強くないんだと思ってました」

 まあ、むこうでは勇者をやっているくらいに強かったから、と、ルナレイアは納得した。王であるこちらでは、幼い頃から自衛のために剣術を習っていたに違いない。

「そっかあ、陛下、強いんだ……。なんて、まだ時間はたっぷりあるし、そのうち悩めばいいや」
「ふふ、まだ若いんだから、たくさん時間はあるわ」
「そうそう……、って、ルナレイア、あなたも若いじゃない。ルナレイアは好きな人とかいるの?」

 なにやら、恋愛話になりそうだ。こうなった女の子たちは話が長い。ユスティは、逃げ出そうかと思った。リサに阻まれたが。

「わたくしは……、今はそういうのは、遠慮したいな、と。お慕いしていた方と、会えなくなってしまったの」
「えっ、詳しく聞いてもいい話?」
「今はちょっと。あと3日もしたら話せるようになるのだけれど」
「なにそれ? ま、いいや。じゃあ気長に待ってるね」

 少しだけ場が暗くなってしまったが、ラナリーが明るさで吹き飛ばした。

「さて、と。ルナレイア、手が止まってるけど、もう食べないの?」
「そうね。もうお腹いっぱいだわ。あら、ラナリーったら、もう食べたの?」

 ふと机の上を見回したら、あれだけたくさんあったお肉たちは、なくなっていた。ラナリーの胃袋にすべて入ったらしい。

「じゃあ、その野菜、あたしがもらうわ」
「ええ、ありがとう」

 ラナリーに野菜を渡すと、さっさと食べてしまった。早食いである。

「あんまり早く食べると体に良くないわよ」
「そうなの? 食べれるときはとっとと食え、って、隊長に言われるもんだから、いつも早く食べてたわ。今度からゆっくり食べれるときは気をつける」
「そうした方がいいわ。……お腹いっぱいになったら、眠くなってきちゃった」

 あくびを噛み殺しながら、ルナレイアは言った。あくびなんてはしたないこと、人前ではできない。

「じゃあそろそろ、部屋に戻ろうか。いろいろありがとう。ラナリーさん」
「えっと、どういたしまして? またね、ルナレイア」
「ええ、また」

 ルナレイアたちはラナリーと別れて、部屋に戻ることにした。

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