第一章 ―― 06

 教会へついたルナレイアたちは、まず責任者である大神官に会いに行った。
 聖女レイの面倒も大神官が見ているらしい。

「こんにちは。大神官様」
「おお、ユスティ殿。今日はどういったご要件で?」

 ルナレイアの方をちらりと見た大神官。その姿は、ルナレイアが予想していた肥えた豚のような姿ではなく、スラリとした体型のおじさまだった。これも、元の世界と違う。ルナレイアはそう感じた。

「まず、この子の紹介を。この子はルナレイア」
「ルナレイア・リュミエールと申します。元いたところでは、聖女をしておりました」
「いろいろ事情があってこっちに来たんだ。詳しくはフォルカ陛下から聞いて欲しい。今日はルナレイアの魔力を回復させるために、聖水を分けて欲しいんだ。もちろん、タダでとは言わない。聖女であるルナレイアがけが人の治癒をする。だめかな?」

 ユスティは言葉を切って、大神官の顔を伺った。

「かしこまりました。聖女様について思うことはありますが、その髪の色と、瞳の色でしたら問題ないでしょう。陛下に聞くとします。聖女様、ご案内させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、お願いします」

 ルナレイアたちは、大神官に案内されて広間へ行く。広間には、丸い机と、椅子がふたつ。聖女と患者が向かい合って座れるようにだろうか。それと、急患用のベッドがあった。

「ただいま聖水の紅茶を入れさせます。ひどい怪我をしている患者からこちらの部屋に移動させますので少々お待ちください」

 大神官は出て行き、入れ替わりに、修道女が紅茶を持って現れた。

「お待たせいたしました。紅茶をどうぞ」
「ありがとう」

 ルナレイアは紅茶をひとくち飲み、息をついた。

「おいしいわ」
「それはようございました。患者たちを入れさせてもよろしいですか?」
「ええ」

 修道女は、大神官と患者たちを連れてきた。足を膝の先から欠損した者、片腕がない者、顔全体に火傷と思われし跡がついている者など、ひどい怪我をした者ばかりだ。

「皆様この部屋に入ってください。一気に治癒します」
「それはそれは……、大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんです」

 大神官は患者たちをみな、広間に入れさせた。その数は20人ほどだった。

「では、魔法を使います。――彼のものたちを癒したまえ。グランツ・ヒーリング・サークル」

 ルナレイアの魔法によって、広間に神聖な光が満ち、怪我を治していく。
 五分経ち、光は霧散した。20人ものけが人たちの怪我は、全て治っていた。お礼の言葉を口にして、修道女の後について広間から立ち去った。

「これほどまでの聖女様がいらっしゃるとは……。存じ上げず、お恥ずかしい限りです」
「この子はつい最近こちらに来たばかりですから。仕方ないですよ」

 ユスティはニコニコと微笑み、大神官と話を続ける。

「でもまさか、これほどまでとは思わなかったよ。患者さん、いなくなっちゃったよ?」
「あら、痛みから早く開放して差し上げましょうと思ってのことです。それに、お話も長くできますわ」

 ユスティは少し責めるような目でルナレイアを見たが、にっこり笑って返されてしまった。
 ルナレイアは、ついでに聖女であるレイに会おうと思っているのだ。

「そういえば、神殿には聖女さまがいらっしゃるとお聞きしました。同じ聖女ということで、お会いしてみたいのです。合うことは可能でしょうか?」

 ユスティはルナレイアを止めにかかったが、微笑んで流されてしまった。
 大神官は顎に手をつき、考えた。

「……ふむ。聖女様は今、光魔法の練習をしておられます。同じ聖女様にお会いできるならよい勉強となるでしょう。お連れいたしますので、少しお待ち頂けますでしょうか」
「ええ、無理を言って申し訳ございません。よろしくお願いします」

 ルナレイアはふんわりと微笑んで、お願いした。笑顔を向けられた大神官は舞い上がり、いそいそと聖女を呼びに行った。

「ふふ。聖女さまにお会いできるそうですよ。ユスティさま」
「はあ、君は最初からこのつもりだったんだね? 悪い子だ」
「あら、違いますわよ。怪我をされている方が少ないようでしたらこうしようと思っていただけで、多かったら普通に回復させて終わりにしようと思っておりました」

 口論になりかけるが、今回はルナレイアの方が上手だったようだ。しかたないな、とユスティは苦笑した。

「そういえば、あの人数は君にとって少ない、になるのかい? こちらでは一人の神官には精一杯の人数なんだけど」
「わたくしの世界でも、神官さまにとっては大変な人数でした。でもわたくし、これでも聖女ですから。あのくらい、朝飯前、というやつです」
「聖女様が朝飯前って……ふふっ」

 どうやらツボに入ったようで、笑いが止まらなくなってしまったユスティ。

「もう、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。ひどいです」

 ルナレイアは少しむくれた。

「ごめんごめん、おもしろくって……」
「……聖女さまに、早くお会いしたいです」

 ふと真顔になって、遠い目をして言うルナレイア。どうして? とユスティは聞いた。

「こちらの神殿は、わたくしが存じているモノとはなにか違います。というか、こちらの神殿の方は、不正などされないのでしょう。王とも軋轢がないのでしょう。わたくしは、王であるお父さまと、大神官長が言い争う様を、何度か拝見しておりました」

 リュミエール王国が存続していた、弊害でしょうか。と、ルナレイアは寂しそうに言った。

「……それは」

 ユスティには、かける言葉が見当たらなかった。

「お待たせいたしました。聖女様を、お連れいたしました」

 そんな時、大神官の声が広間に響いた。

「まあ、ありがとうございます。あなたが、こちらのせいじょさ……」

 ルナレイアは、言葉を途中で切ってしまった。聖女であるレイを目にしたとたん。

「わたくしが、もうひとりいます……」

 何かに取り憑かれたように、レイに近づいた。

「ちかよらないで!」

 レイは、ルナレイアを拒絶した。ルナレイアは、拒絶されても、レイを抱きしめて、その瞳を見た。

「近寄るわ。わたくしは、あなた。あなたは、わたくし。ふたりでひとりなのです。さあ、わたくしに、帰ってきなさい……」

 その言葉で、レイの体は、少しずつ粒子となり、薄くなってしまった。

「いや! わたしはわたしなの! あなたなんかじゃない! はなして!」

 レイはルナレイアを拒絶する。その様子を見て、ユスティは二人を引き離した。どこからそんな力が出たのか、なかなか引き離せなかったが、大神官にも手伝ってもらって、引き離した。レイの、粒子になりかけた体は、元に戻った。

「ルナレイア、どうしたんだい? それに、二人で一人だなんて……」

 ユスティは、心配そうにルナレイアに問いかけた。

「……わたくしは、いま、何を……」

 呆然と、レイを見つめるルナレイア。レイは、ルナレイアを睨みつけていた。

「申し訳ございません、レイさま。わたくし、どうにかしていたようです。もう二度と、先ほどのようなことは致しません。睨むのをやめていだだけませんか?」

 それでもまだ、レイは睨むのをやめない。見かねたユスティが、間に入った。

「何が起こったのかよくわからないけど、ルナレイアには後で話を聞くとして、レイ。ごめんね、久しぶりに会ったのにこんなことになって。このお姉さんは悪い人じゃないってわかってほしい。詳しいことは、また明日にでも君にちゃんと話す。それじゃダメかな?」
「……ユスティさまがそういうなら、仕方ないです。あした、ちゃんと理由をおきかせください」
「ああ、もちろん。じゃあ、また明日」

 レイは事情を飲み込めていない大神官に手を引かれて、広間を去った。

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